曇天の続き

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2016-07-31 Sun.
2016-07-25 Mon.

由布

2016-07-25

朝から機嫌が悪かったのは、もちろん自分のせいである。
周囲の方々に起因されたものではなく、村川絵梨のグラビアが週刊誌に載ることを知ってからである。

この日記ではちょくちょく登場する村川絵梨である。
2016年8月に映画が公開されるらしく、そのタイミングで写真集が出版されるらしく、そして「週刊現代」によるグラビアの独占スクープである。

「需要と供給」という言葉を真っ先に思いついた。
需要についてはよくわからないが、供給が需要を喚起することはあるだろう。
特に、この手の話は、である。

そして、すでに「週刊現代」をコンビニエンスストアで立ち読みした僕としては、「まあ、見るよ」としか言えない。

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2016-07-23 Sat.

美顔

2016-07-23

思うところあって、今後「好きな顔のタイプは?」と尋ねられた時の答えを、「松尾れい子」と定めたい。

「好きな女優は?」の答えは「田中麗奈」、「好きな俳優は?」の答えは「三浦友和」であることは、引き続き同じ。

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2016-07-22 Fri.

二角

2016-07-22

少し前、新聞のラジオ欄を見ていて、
「ああ、そういえば、FMで放送していた笑福亭仁鶴の落語2時間SP、録音し忘れた。めったにないチャンスだったのに。いつやったかなー」
と、過去の新聞を見直したのだが、そんな番組は見当たらず、最終的に「夢か」とひとり結論付けた。

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2016-07-21 Thu.

省力

2016-07-21

風呂場の電球がつかなくなった。
照明のカバーを取り外すと、白熱電球があった。
自宅にまだ白熱電球の使用箇所があったのか、と気づかされたものの、翌日に新しい電球を購入しに行った。

さすがに白熱電球を買うことはしないのだが、LED電球を買おうとも思わない。
イニシャルコストが高いのがその理由で、電球形蛍光灯を求めて、近所の電器店の8階へ向かう。

売り場をLED電球が占めており、口径の合う電球形蛍光灯は1種類だけ売られていた。
そして、想定よりも、300円くらい高い。
悶絶した結果、8階から1階へ降り、別の電器店の7階へ向かう。
そこで売られていた電球型蛍光灯は、僕の想定の価格に収まっていたので、「やっぱりこれくらいの値段だよね」とつぶやき、購入した。
ポイントで賄える額だったので、ポイントを使った。

失った位置エネルギーを含め、TOCが本当に抑えられているのか、やや疑問である。
風呂場の電球を交換し、これで白熱電球は一掃されたかと思われたが、まだ玄関の電球は白熱電球であった。

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2016-07-17 Sun.

忖度

2016-07-17

2017年の目標は、小説を読むことである。

人の気持ちを全く理解できないまま、長い時間を過ごしてきた。
だが、年を重ねるとさすがにいろいろと支障が出てきて、このままの生活を過ごすのも苦しい。
他人の気持ちを思い量れるようになりたい、と考えるようになった。

ところで、僕はフィクションを読む習慣を持っていない。
登場人物の名前や描写を片っ端から忘れ、話を全く楽しめない、というのが、フィクションから距離を置いてきた理由である。
一説によると、人の気持ちを理解するには、フィクションに親しむことがよい、とあった。

僕は、人の気持ちを理解するために、小説を読むという目標を立てることにした。
これが悲しいことである、という事実には、一応気づけている。

さて、小説を読む、ということを、2017年の目標としたのだが、年の半ばに来年の目標を立てる、というのは、僕がよくやることである。
目標を立て、その目標が果たせず、気持ちが沈む、というリスクを避けるために、目標が達成可能かを事前に諮っておきたい。
ただでさえ誰からも励まされることなどないのだから、そうやってモチベーションの維持を積極的に行わないと、結果的に人に迷惑をかける。
そういう経緯で、来年どのくらいの小説を読むことができるのかをある程度把握するために、数か月くらい前から、小説を読み始めている。

2016年1月以降、読んだフィクションは、

  • 芥川龍之介「歯車」
  • 佐藤正午「リボルバー」
  • 佐藤正午「ジャンプ」
  • 佐藤正午「彼女について知ることのすべて」
  • 海野十三「十八時の音楽浴」
  • 森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」
  • 佐藤正午「Y」
  • エドウィン・アボット・アボット「フラットランド」
  • カズオ・イシグロ「日の名残り」
  • いとうせいこう「想像ラジオ」
  • 佐藤正午「5」

このリストに、大長編ドラえもん「のび太の日本誕生」を入れてもいいのなら、遠慮なくそうする。

結局、佐藤正午を読み直すことになっているのだが、もちろん佐藤正午は楽しめる。
森見登美彦も、カズオ・イシグロも面白い。
一方で、「想像ラジオ」については、実はあまり共感できなくて、自分に何か重大なものが欠落していることを思い知らされた。
海野十三は期待したほどでもなく、芥川龍之介はまた機会があれば読むだろう。

Kindleは本当に便利で、僕の読書習慣を大きく変えてくれた。
Kindleがあったからこそ、「想像ラジオ」も読む気になれた。
「フラットランド」については、Kindleがなければ読む機会を得られなかった。

今は、福永武彦の「廃市・飛ぶ男」をKindleで読んでいる。
この福永武彦の作品集の中で、曜日の感覚を忘れていた主人公が登場する。
それを見て、僕は曜日の間違えるようなことはなかったな、と思い当たる。
水曜と木曜は間違えたかもしれないが、主人公のように、平日と週末、たとえば火曜と土曜を間違えるようなことは、これまでもなかった。

なぜだろうと考えた結果、ある仮説に思い当たった。
子供のころからTVばかり見ていて、TV中心の生活を送ってきた結果、曜日に敏感になった。
特に「いいとも」を毎日見ていたころは、日替わりのゲストで曜日の認識を新たにしていた。

曜日を気にしている一方で、数週間にまたがる計画というものを僕は立てられない。
長い期間にわたって計画を立てなければならないようなこと、例えば試験対策であっても、本気になるのは結局試験日1週間前である。
大学受験もそんな感じだったから、自分でも驚く。

だからこそ、日々の生活で習慣づけし、能力の着実な練成を必要とする。
窮屈を感じるが、仕方がない。

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2016-07-16 Sat.

美技

2016-07-16

特技といえば、思いつくのは2つくらいしかない。
この日記を振り返ると、思い出せない特技もあるようで、その特技とは以下のとおりである。

  • 甘栗の皮むき
  • クロスワード(撤回したい)
  • クロンダイク
  • それっぽい般若心経を唱える(今は自信がない)
  • ジャパネットの値段当て(今は自信がない)
  • 魚の干物をきれいに食べつくす

このうち思いついたものに当てはまるのは1つだけで、それは「甘栗の皮むき」である。
これには絶対の自信があり、いつでも甘栗屋の店頭に立って、客の試食用に皮をむいてあげることができる。
ただ、最近「甘栗太郎」の店舗が連続して閉店しており、店頭に立つはおろか、特技を披露する機会すら奪われる気がしてならない。
小倉の「甘栗太郎」もいつまでもあるものなのか不安だし、先日帰省した時も、甘栗店を見ることはなかった。

さて、もう一方の「思いついた特技」だが、それは出納記録である。

小遣い帳を付け始めて30年は経過している。
PCで出納帳を付け始めたのは、20年以上前。
初期はLotus 1-2-3を使っていたが、一時期PCを持ってない時期を経て、1999年からはExcelに移行した。

持っている現金と出納帳の記録が合わなかったことは何度もある。
差異が生じた場合、摘要欄に「?」を記入することにしている。

ただ、「?」を記入したこと、つまり差異が生じたことは、直近10年では1度もなかった。
使途不明の支出、もしくは出所のわからない収入は一切なかった。
これを特技と呼べなければ、世の中の大半の特技は独りよがりの趣味である。

旅行に行っても、泥酔しても、収支が合わないことはなかった。
旅行の際は、翌朝に前日の支出を記録し、手持ちの現金と照合している(出発前に現金の額を記録している)。
泥酔した時は、基本誰かが金を払ってくれており、翌日以降請求されるのでその額を記録する(感謝)。
このエピソードを職場で披露し、「しっかりしている」という評をもらい、仕事を進めやすくなったこともあった。

差異を生じさせないために実行している工夫が2つある。

1つは、手持ちの現金残高を記入すると、帳簿との差分を自動的に表示させていることだ。
その差分が消滅するように収支の記録をつける。
この仕組みを導入してからは、差分がなくなるまで記憶を思い出すようになり、現金の収受についてはすべてカバーできるようになった。
思い出せない時は、日誌を見て記憶を呼び戻す。
逆に、出納帳からどこで昼食をとったのか思い出し、日誌に記録することもある。

もう1つの工夫は、現金と金融機関の口座残高だけを見ていることだ。
クレジットカードや電子マネーの残高までは把握していない。

カードや電子マネーで支払った場合、支払った額はレシートに基づき記録する。
そして、その額は「カード」勘定にプールされる。
そして引き落としの際、あるいは現金から電子マネーにチャージした際に、「カード」勘定を減らし、現金や口座残高の減少と一致させる。

クレジットカードや電子マネーの残高と「カード」勘定を時々照合するのだが、現在は「カード」勘定の方が多い。
つまり、支払いに備えている額が、実際の債務を超えている。
これは、ポイントなどによる支払も「カード」勘定に記録しているからであり、その分がプールされているのだろう。

最近では、大半の支払を電子マネーもしくはクレジットカードで行う。
実際、生活はしているのに、現金の残高が1週間変わらない、ということもある。
現金以外の決済を多用するようになったことで、現金を授受する機会が少なくなり、現金と記録の差異が生じにくくなっている、という側面もあるのだろう。
交通費やネットショッピングなど、レシートが発行されない支払を記録していない可能性もあるし、額の誤記入もおそらくある。
それに気づく仕組みは用意していないのだが、「カード」勘定には多めにプールされているのだから、気にしないことにしている。

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2016-07-15 Fri.

後進

2016-07-15

同窓会費が寄付金控除になれば、もう少し前向きな気持ちになるとは思うのだが、やはり控除対象にはならないようだ。

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2016-07-14 Thu.

世襲

2016-07-14

現在、広く長く使うためのシステムを設計しているのだが、将来仕様変更が生じないようにシステムを要件に落とし込むことの難しさを痛感する。
わかりきっていることなのだが、この作業をすんなりやり遂げるには、まだまだスキルが足りない。
先を見通す力、現行の要件で将来の要求を巻き取る力、仕様が固まった後に発生する仕様変更を抑え込む力。
何といっても、信頼がないと、説得力に迫力が欠け、通る話も通らなくなる。
まあ、機能がぼんくらなら、いくらマーケティングを張り切っても仕方がないのだが。

現行システムの運用で何とかなる、という頑健なシステムを整備しておくことが、資産になる。
さて、時を経て、その資産の価値がなくなったのだろうか。
過去の反省を忘れているのだろうか。
備忘のために、ドキュメントを残しておく。

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2016-07-13 Wed.

身丈

2016-07-13

母方の祖父は、都会を好んでおり、以前は大牟田での仕事にげってん起こし、横浜に引っ越した。
横浜と言っても、横浜駅に出るまで1時間近くかかる場所だったし、しかも木更津勤めのために、横浜に帰るのは週末のみだった、と聞いている。
木更津に居を構えなかったのは、子供のためだろうし、その判断は実に賢明である。
その後、僕の誕生のタイミングで一旦小倉に戻ったものの、また田川に引っ込んだ。
そして、田川での仕事を退職した後は、また小倉に出てきた。
しばらくいたが、祖母の希望により田川に戻り、そこで祖母の若返りが進み、また小倉に出てきた。

今となってはよくわからないのだが、なぜ「都会」を好んでいるのに、小倉に住んだのだろう。
いっそのこと、福岡に出ればよかったのでは、と思うのだ。
理由の1つには、当然娘が小倉に住んでいたことがあるだろうが、別の理由として小倉くらいがちょうどよかったからだと思う。

ふと、自分の中にある別の疑問に気付いた。
福岡に住むとして、いったいどこに住むのがいいのだろう。
たとえば、僕が福岡の大学に進学したとしたら、いったいどこに住んでいただろう。
もちろん、実家から通うという手はあるし、実際多くの人がそうしていたが、博多駅から大学まで通う手段のことを考えると、僕は絶対に拒否していただろう。

真っ先に思いついたのは、おじが住んでいた西新である。
あるいは、小倉に少しでも近い、という理由で、香椎という選択肢もある。
ただ、東区は天神に出づらいので、できるだけ避けたい。
西鉄電車沿線もいいのかもしれない。
とにかく、バスでしか動けないような場所に住むのは、御免である。

ただ、いくつか候補が思い浮かぶものの、家賃の感覚が全くないので、どこに住めばよいのか決定できない、というのが現実である。
そもそも、福岡市内の地理を、僕はそれほど把握していない。

祖父も、僕と同様、もしかしたらさほど福岡に親しみがなかったものと思う。
祖父と福岡に行ったのは、1度くらいしか記憶がない。
それも、久留米に行った時であり、福岡は西鉄電車乗り換えのための通過地である。
しかも、その時も、帰りは久留米から冷水峠を越えるバスで飯塚経由で田川に戻ってきた。
また、篠栗の奥之院にはよくついていったが、その時も福岡まで行くことは1度もなく、筑前山手駅前のバス停から、八木山峠を越えるバスに乗り帰宅した。

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2016-07-10 Sun.

得る小倉・復

2016-07-10

前日の刺身盛り合わせをたらふく食ったせいか、すこぶる調子がいい。

久しぶりのタケ小山、そしてカブトガニは内臓まで脱皮する事実を知り、とらやのようかんを忘れずに食べる。
親が「目的は達したのだから、戻って来い」と言う。
確かに、戻って就職するには、そろそろタイムリミットだろう。
想いの抱き方は多様だろうが、同じようなことを考えている人はきっと多いはずだ。
新聞のTV欄を見て、「地方番組やってます芸人」を見て、改めて「戻るようなあつかましいことはしないよ」と返す。
そんなに甘くはないだろうし、持ち場を守ることに専念する。

父親に小倉駅まで送ってもらう。
郵便局と駅の西側のビルの話をもう1度して、南口…、小倉城口で下してもらう。
1度だけ言うけど、小倉駅小倉城口ってどうなんだろう。

駅でかしわめしと無法松弁当を購入。
バスで北九州空港へ向かう。

空港まではあっという間…、と思ったのだが、実は高速を降りてから空港までが長いことに気づかされる。
空港では、MRJの格納庫が建設中であった。

空港のラーメン屋で昼食。
もちろんこの店は別として、保安検査場前後にかかわらず、空港のレストランに期待してはならない。

帰りももちろんスターフライヤー。
JALの利用を推奨している団体とは、僕は一生そりが合わないと思う。
地元の企業を応援しないなんて、本当に信用できない。
北九州市駅に改名されようものなら、数値虚偽表示でまつりを告発する暴挙に出る、という無駄な労力を使うかもしれない。

Kindleで読書し、またまた「プロゴルファー猿」を楽しみ、羽田空港B滑走路に着陸。
第2ターミナルの端で飛行機を下され、バスで第1ターミナルまで移動。
バスでターミナル中央まで連れてきてもらったおかげで、高速バスの時刻に間に合った、とこの時は思ったのだが、後でよくよく考えると、たとえ1番搭乗口であろうと第1ターミナルにつけてもられば、バス乗り場にもっと早くたどり着けたはずだ。

帰りは、首都高速深川線。
飛行機に乗るよりも、高速バスで深川線を通る方がよほど恐ろしい。

帰宅して、開票速報。
古賀ゆきひとアナが当選した。
「めんたいワイド」を見る生活も、奥田美香子が薬院の店で海鮮丼を食べている番組を見る生活も、僕はたぶん3日も我慢できないのではないかと思う。

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2016-07-09 Sat.

風師

2016-07-09

前日から、実家のPCにWindowsUpdateをかけているものの、一向に終わらない。

NHK「サタデートーク」に浜野謙太、平原綾香が出ているのを見ながら、朝食。
バングラデシュのテロ犠牲者の経歴を見て、かなり気落ちする。
ほどなくして、「踊るさんま御殿」の再放送が始まり、今回はアスリートスペシャルで、「きっと小椋久美子の離婚をいじるのだろう」と思いながら、実家を出発。

小倉駅は、開業125周年。
写真のパネル展示がされており、3代目エルコクラBros.の写真が懐かしい。
小倉駅から電車に乗り、門司港を目指す。
貨物ターミナル、関門トンネル、工場、倉庫、そして海峡。
風景に見どころが多く、門司港へ行くにはぜひとも鹿児島本線を利用してほしい。

門司港駅に到着。
駅舎は改修中のため、覆いがかぶされている。
九州鉄道記念館の上の駐車場へ行き、無料の風景を楽しむ。

坂を下り、九州鉄道記念館駅へ。
トロッコ潮風号に乗る。
北九州市内でも未乗の路線がまだあったか、と思う一方で、そういえば筑豊電鉄には1度も乗っていなかった事実に気づく。

第3日曜にはゆるキャラと潮風号が競走する、というくらいの速度でトロッコが走る。
まさか和布刈トンネルを合法的にくぐり抜ける機会が訪れるなど、子供のころは思いもしなかった。

関門海峡めかり駅に到着。
浜焼きバーベキューが楽しめる店が1軒あるものの、特に観光地化されてはいない。
ローカル線の終着駅、という少し寂しい雰囲気である。
もう少し力を入れてもいいのでは、と思うが、「この穏やかな感じがいい」という意見もあるようで、それもそうかなと思う。
地元の人間には気づかない視点である。

近くには、塩水プールがある。
塩水プールは、国内にはそれほどないようで、子供のころに何度も行っていた身としては、驚きである。
1度だけ母親に連れられて、バス専用道を経由するバスで東本町二丁目まで行き、そこから歩いて塩水プールに行ったことがあった。
その時は、関門橋の下にある店でチャンポンを食べたのだが、タマネギが入っていて、ほとんど食べられなかった。

昔、勝山公園にあった電気機関車と客車が、今はめかり駅近くに静態保存されており、中では軽食が楽しめるようになっていた。
そのすきを逃さず、ビールを飲む。
だったら、あのタコの滑り台も勝山公園にあったものか、と思い、調べてみると、昔からあったもののようだ。
記憶にない。

めかりからの帰路は、トロッコではなくバスを選択。
めかり絶景バスはなくなったものの、風景を楽しむならバスの方がいい。

レトロ東本町一丁目、レトロ鎮西橋、レトロ桟橋通と、トロトロになりながら、路線図を確認し、レトロ鎮西橋で下車。
門司電停の記憶がうっすらと残っていたのだが、あれはきっと、母親が塩水プールに連れて行ってくれた時ではなく、父親が和布刈公園に連れて行ってくれた時の記憶であろう。
いずれにせよ、僕は西鉄電車で門司まで来たことはなかった。

冬には風が強すぎて絶対にたどり着けないが、この季節だったら到達可能な門司港地ビール工房で昼食。
ジンギスカンではなく、3階で洋食を楽しむ。
門司港驛ビール、ヴァイツェン、エールと、やっぱり3種類楽しみ、カツレツ、ビザ、焼きカレーを堪能する。
特にビザはおいしく、職人がずり落ちた眼鏡を上げながら広げる生地は絶品である。

跳ね橋を渡り、関門連絡船の乗り場の2階に行き、涼みながら無料の景色を楽しむ。
今日は船の数が少ないように感じる。

秋山の父親の船を黙殺し、海峡プラザにある「じーも」の像を楽しむ。
じーもグッズがいくつかあったので、購入。

駅に戻ると、駅工事を見学できるようデッキが組まれており、見学。
iPadが貸しだされ、工事前の駅舎が見られるようになっていたのだが、僕には無用の長物である。

観光客も多いし、景色が落ち着く気分にさせる。
このようなものが観光資源になるというのが、離れてみてようやくわかる。
小倉駅に着いてからも、地下のスーパーマーケットに行き、土産にベビーハムを5つ購入したのも、そういう理由からである。
ベビーハム流通経路開拓運動を切に希望する。

5番のバスが廃止されたことを知り、北方線の記憶の残滓すら奪われそうな気分になる。

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2016-07-08 Fri.

得る小倉・往

2016-07-08

小倉に帰省した。

8時、高速バス。
東京港トンネルあたりで渋滞したものの、定刻通りに羽田空港に到着。

2010年7月以来の、第1ターミナルからの出発である。
羽田を発つ飛行機は、2013年7月に第2ターミナルからB787で松山へ行った以来。

とらやのようかんを購入し、出発1時間前に保安検査場を通過。
以前と同じ迷惑を繰り返さない、というのが、僕の信条である。
いずれにせよ、保安検査場通過後の食事に期待してはならない。

飛行機は、もちろんスターフライヤー。
「Spirit of Kitakyushu」と機体に入っていたので、おそらく13号機である。

「安全ビデオ」が凝っていて、ジャズラウンジをキャビンに見立てたものである。
以前は、忍者をモチーフにしたものであり、これを見るだけでもスターフライヤーを利用してほしいと思う(ウェブで見られる)。

言わずとしれたD滑走路から離陸。
今回の座席は、往路、復路とも窓側ではない。
機内ビデオでは、なぜか「プロゴルファー猿」の第3話、4話が放映されていた。
一斉放送ではなく、オンデマンドになっているのが、新型機の特徴である。
思いがけず「プロゴルファー猿」を楽しんだ後、宮脇俊三「時刻表ひとり旅」をKindleで読む。
電子機器の利用ルールが変更になったから、これが初めての搭乗であった。

北九州空港に着陸。
天気は、やっぱり雨。
「世界遺産がある街」的なサインがお出迎え。
世界遺産と言っても、普段は公開されていないし、散在しているものをまとめた指定でもあるので、「ふむー」と思う。

高速バスで小倉駅へ向かう。
ほぼ満席で、補助席まで利用される。
外国人もちらほら見られる。

記念病院の跡地を見て、TOTOミュージアムを見て、あっという間に、小倉駅北口…、新幹線口に到着。
早いし、楽。
タクシーで実家に向かう。

実家に荷物を置き、街へ出かける。
確かに、魚町のマクドナルドはなくなっており、駅前の変形マクドナルドは新たなものに変わっており、郵便局と駅西側のビルが消え失せていた。
街はほどほどに人が多く、なんとなく小倉に住んでいたころの気持ちに戻る。

魚町の西鉄定期券売り場に行き、お土産のためのnimocaグッズを買おうとしたのだが、パスケースしか置いていなかった。
nimocaグッズを買おうとする客など初めてだ、という事実をマイルドな形で告げられ、ここに、西鉄のウェブサイトに書いてある案内とは異なり、nimocaグッズは魚町では売っていないことを記し、広く伝えることにする。
また、バスの初乗り運賃が190円になっていたことを改めて思い出し、悶絶したことも合わせて記す。
また、魚町と平和通りでは乗り継ぎ割引が適用されないことも、備忘のために記す。

夜は、西日本工業倶楽部で会食。
旧松本家住宅に関するうんちくを事前に仕入れておいたので、存分に披露したが、冷えたビールのうまさに霧散した。
家族からは、「あんたパーマをかけたんか、髪がクルクルやけど」と3回言われた。

それにしても、普段から多めにチャージしているSuicaの残額が、この1日だけで数百円になってしまったことには驚いた。
何度も収支を確認したが、間違って引き落とされているようなことはなかった。
非鉄道利用地域在住者と旅行時だけはモバイルSuicaが推奨される、と思い当たる。

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