豊饒
どうしても、生のこだま・ひびきが観たい。
ウェブサイトで名前を検索すると、大木こだま・ひびきは東京の舞台に立つことはなく、大阪での公演ばかりが出てきた。
数か月ほど逡巡していたが、一念発起して大阪に観に行くことにした。
これも、多方面のご協力のおかげである、お土産を買ってくるからね。
大阪でのこだま・ひびきの出番は、結構ある。
日を選ぶついでに、どうせならあれも観たい、これも観たい、と欲が出てきた。
4月23日火曜のなんばグランド花月の舞台だと、かなり豪華なメンバーが出ることがわかった。
どうせなら、ミルクボーイが出演する11時からの公演がいい。
大阪に前泊しなければならないか、とまで思ったが、11時開演であれば、早朝に東京を出れば間に合いそうだ。
ホテル代ももったいないし、夜に東京を出て、翌日の開演まで大阪で何して過ごすわけでもないので、日帰りでやっつけることにした。
4月22日、NGKのウェブサイトを見て、思わず声を上げた。
明日、宮川大助・花子の出演が決まったとのこと。
NGKの本公演の出演は、2019年以来である。
ドキュメンタリーで花子さんの闘病の様子を見ている者としては、ほとんど奇跡であるような瞬間に立ち会うこととなった。
当日。
コンタクトレンズを付けるとともに、遠出となるので、眼鏡と充電器も持っていくことにした。
自宅を出て、電車に乗り、土岐麻子「TOUCH」を聴く。
7時、東京駅に到着。
東京駅から東海道新幹線に乗り、西を目指すのは2013年の年末以来。
これが初めてのスマートEXで、21日前までに割引価格で購入した。
新幹線が出発すると、隣席の男性はドトールで買ったサンドとコーヒーを広げている。
品川駅を過ぎたころ、僕は近所のセブンイレブンで買ったたまごサンドと、東京駅で買った500mlを2缶取り出す。
僕の座席はD席で、買う前にすごく悩んだけど、今日の僕は休暇だし、何よりとても重要な日なのだ。
新横浜駅を過ぎると、A、C、D、E席はほぼ埋まっている。
前もって成城石井で買った、北海道産ひとくちサーモン鮭とばを開ける。
聴いているラジオ番組に、街裏ぴんく出演。
恥を忍んで言うが、街裏ぴんくの嘘漫談の面白さが、僕にはまだわからない。
いい加減なことを言うのはとてもセンスがいることで、その選択が重要なことはわかっている。
その加減が難しく、ありきたりな嘘は興ざめだし、中途半端だと笑いにならない。
それがうまくいっているのかが、僕には判断がつかない。
一方で、番組でこれまでの経歴を語っていて、そのディテールまで話すのが面白い。
こういう細かいことまで言わないと気が済まないところが面白いところで、そこから入ればもっと理解できるのかもしれない。
「ぴんちゃん欣ちゃん」より、「武蔵小金井のサイゼリア」である。
続いて、「ビバリー昼ズ」に島崎和歌子が登場。
デビュー35周年とのことで、アイドル時代の話となる。
僕の世代は、まさに「島崎和歌子アイドル時代」を体験しており、小沢なつきの後に突然始まった「ちゅうかないぱねま!」に直撃された。
今見ると、ほとんど地域でネットされていないのに驚き、単に運がよかっただけかと気づく。
ついでながら、そこで斉木しげるの狂気に初めて触れ、柴田理恵のおばさんを知り、三軒茶屋という地名に興味を持った。
そして何より僕は、映画「ふたり」も観ているわけだから、歌がうまいのもかわいいのも、実経験として知っている。
YouTube Musicをランダム再生すると、井上陽水のゴールデンベストが選ばれる。
ところが再生を進めると、同名のベスト盤であるアリスの曲とごちゃごちゃになっている。
改めてシャッフルすると、moumoonの「FULLMOON LIVE TOUR 2012脳内ランドツアー」が再生される。
僕はこのアルバムが好きで、これを聴いてライブでのコールアンドレスポンスに恐怖を覚え、ライブというものにトラウマを抱くようになった。
特に、「HAPPY UNBIRTHDAY」がくだらなくて、初めてCMで聞いた時にはのけぞった。
「なんでもない日」を祝うディズニーからの流れだと知るのは、もう少し後。
ライブ盤であるはずなのに、一部のトラックがライブバージョンではないものに置き換わっている。
YouTube Musicがひもづけに失敗しているものと思う。
名古屋駅に着く前に、缶2本を片付けた。
関ケ原は曇り、京都駅で隣席の方は降りた。
そこからようやく車窓を見ることができ、大阪の景色を楽しむ。
新大阪駅に到着。
大阪は2012年以来、その時は「四代目おけいはん」で、弁天町の交通科学博物館に行った。
その時、大阪駅はすでに新しくなっていた。
御堂筋線乗り場に行く。
ポスターで万博のバス運転手を募集していて、「経験は生きる」のだそうだ。
きっとその保証はないだろうし、まるで戦前のポスターのようにも思える。
線路が新御堂筋に挟まれているのに感嘆している自分の様子からすると、新大阪駅から御堂筋線に乗るのは初めてのようだ。
近すぎて、隣の西中島南方駅が目視できるのにも驚く。
御堂筋線の車内は混んでいて、外国人旅行者と見受けられる人も多い。
扉に貼ってある広告には、ピンクの髪をした山之内すずが映っている。
大阪だと、彼女は何だかいきいきして見える。
なんば駅に到着。
今回は案内に従うことにして、2番出口から地上に出る。
どこに出たのかわからないので、とりあえずこっちかな、的な方向に行く。
店の窓にはどこも、やすえともこのステッカーが貼ってある。
方向を間違えたようで、地図で確認し、修正。
身構えつつ裏道を進んでいくと、NGKの裏に出た。
よしもとエンタメショップへと入る。
先日、前もってルミネtheよしもとに行き、この日のチケットを発券しておいた。
その時にショップを見て、お土産の「あたり」をつけてみた。
ただ、グッズと言っても、マユリカとか滝音とかで、僕が欲しいと思う村上ショージさんとか、Mr.オクレさんとか、トミーズ健さんとかのグッズは見つからなかった。
本場に行けば欲しいものがあるかも、と探すと、クリアファイルを見つけた。
サイズはA5で、漫才師のイラストが描かれている。
配るためのお土産として、博多華丸・大吉、中川家、タカアンドトシのクリアファイルを購入。
開演の時間が迫り、劇場の入口へと向かう。
今月は「一日座長制度」が設けられており、この日もたすきをかけた芸人が写真撮影に応じていた。
時間がないのでその前を素通りしようとしたが、芸人の顔を見て思わずのけぞり、「矢野・兵藤の矢野さんだ!」と声を出し、そのまま素通りした。
座席は、前から5列目の一番右端。
座ると、舞台がすぐそばである。
緊張感が高まる。
11時開演。
トップバッターは、ミルクボーイ。
ラジオ体操のネタで、出番は5分。
駒場さんの靴の感じも見ることができたし、内海さんが上手まで動いて目の前で「これやがな」とやってくれた。
5分はあっという間で、それがとても残念だったけど、後でその理由に思い当たることになる。
以下、ダイジェストとなるが、天才ピアニストは殺人事件のコントで、出番が短いながらのインパクトがあった。
ギャロップがすごくて、かつらのナンバリングのネタは見たことがあったが、生で見る迫力は全く違っていて、とんでもなくおもしろかった。
驚いたのがジャルジャルで、野球部のコントをしたのだが、芸歴の割にまだこんなくだらない小さなことを膨らますネタをしているのかと、感動してしまう。
西川きよし師匠の漫談は、どっしりと安定していて、わかりやすく隙のない笑いで、これもまいった。
きよし師匠の小走りに、どこまで元気で、僕は一体どこまで楽しませてもらえるのだろう、と申し訳ない気すらした。
で、今回の目的であった、大木こだま・ひびき。
期待通りと言うか、何をするかわかっていて、何度も見ているのに、待ち望んでいる自分がいる。
「来るか、来るか」という振りが丁寧に撒かれて、下からうねり上げるようにこだまさんが言い放ち、ひびきさんが天を仰ぐ。
「演芸」という言葉が実にしっくりくる。
呼んだら家に来てくれたのかもしれないが、満員の劇場で笑いの歓声に振り回されながら見るのが、当然いい。
そして、宮川大助・花子。
椅子が用意されての舞台であった。
舞台に立っているだけでもすごいことなのだが、どんな漫才になるのか、とても心配だった。
もちろん全盛期のような、花子さんのテンポの速いしゃべりはない。
でも、それが残念かと言うと、全く違うのだ。
花子さんが言葉を選びながらゆっくりと話し、時折テンポを外すように見えるのだが、そこへすっと大助さんが言葉を継いで、展開をつくっていく。
大助さんのしゃべりで進んでいくのかな、と思っていたら、絶妙な間で花子さんが言葉を入れてきて、観客が一斉に笑う。
大助さんの丁寧な地ならしがあって、花子さんが満を持して決めて、大助さんがアワアワする。
時間をかけて培われた芸と言うものはこんなにも味わい深いものか、と、書いている今も涙が出てくる。
トリは、オール阪神・巨人。
どれだけ舞台で漫才をしてきたか、想像もつかないが、観客はこの1回しか見ないわけであって、間違いなく最高峰の漫才であろう。
長くやっていただいたのに、そんなことを全然感じさせず、見終わったらくたくたになった。
これだけでは終わらない。
今日の新喜劇の座長は間寛平ゼネラルマネージャーであり、今日が公演初日である。
ミルクボーイのラジオで話題になっていた、やなぎ浩二師匠を初めて見て、そのたたずまいに神々しさすら覚えた。
寛平師匠がパワフルで、後先考えず予定していないところで脱いだりしたようである。
それ以上に、寛平さんが若手にチャンスをあげようとしているのがよくわかって、若手もうまくいかないところがあっても、しっかりフォローして成立させている。
新喜劇を生で見るのは3回目だが、今回は前の方の座席で見ていたのもあってか、ここまでの迫力があるものとは気づかなかった。
今日は、僕にとっての「伝説の一日」だった。
夢のような時間は過ぎ去り、放心状態でなんばの街へ出る。
終演予定時間を大きく超えていて、わなかを見つけたが、時間がないので先を急ぐ。
南へと下り、日本橋付近を歩く。
広い道に個性あふれる人たちが行き交い、なんとも愉快そうだが、金も面白みもない僕はすたすたと歩き去る。
恵美須町までやってきたが、すんでのところで電車が行ってしまった。
次の電車は30分後で、これを逃すと後の予定に影響が出そうなので、昼食をあきらめることにした。
新世界の方に行き、通天閣を見上げる。
通天閣付近は観光客相手の店が派手に営業しているのだが、一本道を入ると、たちまち緊張感が漂う。
再び恵美須町まで戻り、電車に乗る。
これから阪堺電車で、堺市へ向かう。
毎度のことだが、路面電車がある街がうらやましい。
北九州では交通事情もあり路面電車は廃止されたが、もう少し生き残れば、路面電車の価値が見直される時代になり、生まれ変わったものになっていたのかもしれないし、やはり道幅が狭いので淘汰されていたかもしれない。
とはいえ、この阪堺電車も今後のことはよくわからない。
実際30分間隔の運転では使い勝手がよくないし、それにあわせたような乗客の数である。
電車は表情豊かな街並みを抜け、住吉で乗り換え。
大和川を越え、大小路で下車。
堺市を訪れたのは、単に政令指定都市の行っていないところをつぶすためだけである。
これで残りは、相模原のことを考えなければ、新潟と浜松だけとなった。
ひとまずは市の中心部をめざし、歩く。
街の道路は碁盤の目状になっているらしく、交差点から脇道の先の方がよく見える。
国内にはいくつか「堺町」と称する地名が残っているが、そういえば小倉にも「堺町」がある。
堺市駅に到着。
ここから先も歩こうと思っていたが、さすがに疲れてきたし、雨も降ってきたので、バスで移動することにする。
駅の中にうどん屋があり、それが聞いたことのある名前だったので、入ることにした。
きつねうどんをいただいたが、思っていたのと違う。
僕が聞いたことがあったのは香川県の店であり、そちらはすでになくなってしまい、で、こちらは同じ屋号だが関係ない店らしい。
でも、安くておいしい。
駅から10分ほどバスに乗り、下車。
大仙陵古墳である。
いわゆる正面から眺めるのだが、参拝所があるだけで、目の前に広がるのは堀と森である。
古墳について紹介する施設が近くにあったらしいが、その時は気付かなかった。
また、歩いてそばを通り過ぎた堺市役所の高層部が展望施設になっていたらしく、そこから見れば大仙陵の形状が上から見えるようであった。
そんなことも知らず、雨も降ってきたので、堺の中心で「仁徳天皇陵、見ました!」と叫び、立ち去る。
古墳の周りを左回りに進んでいく。
意外にも、堀沿いの道路に民家が立ち並んでいる。
自宅の隣が大仙陵というのは、どういう気持ちになるのだろうか。
「住宅地に小山みたいのが見えるけど、古墳だったりして」というところの前に、やはり古墳を示す看板が立っていたりする。
三国ヶ丘駅に到着。
しばし駅の構造を眺めるが、カフェに立ち寄るほどの時間はなく、各駅停車をやり過ごし、南海電車の準急に乗る。
この時間だと、やはり高校生が多い。
心配になるほど駅を通過し、準急列車はなんば駅に到着。
大きな駅を見てみたいのだが、時間がないので、頭端式乗り場を進む。
来たときは御堂筋線に乗ったので、帰りは別の路線で、と四つ橋線の乗り場を目指す。
それがとても遠く、後で地図を見ると、案内に従って進んだ経路は、地下街を大きく迂回するものだった。
おいしそうな店が立ち並び、苦行のようだった。
四つ橋線に乗り、西梅田駅に到着。
そこから大阪駅へと入り、物好きが高じて、うめきた新駅の乗り場を目指す。
ほぼダンジョンみたいな通路を通り抜けて、乗り場に到着。
特急はるかが到着し、可動するフルスクリーンドアを見ることができた。
ただ、三国ヶ丘駅のアナウンスで他人事のように聞いた阪和線の遅れがこちらにも響いているらしく、電車の出発は少し遅れた。
この遅れで新大阪に着いたのも遅れ、結果的に、新大阪で食事をする時間も失った。
のぞみに乗り、缶を開け、名古屋駅で下車。
改札を出ずに、駅の乗り場できしめんを食べる、というのを1度やってみたかったのだ。
海老天きしめんが売り切れで、代わりに生卵が入ったきしめんをいただく。
なぜ平べったい形状をしているだけで、きしめんはおいしく感じられるのだろう、と子供のころからの疑問とともに、満喫する。
改札を出ずに2列車の予約ができるスマートEXは、本当にすごい。
大阪に行ったお土産は、うなぎパイ。
N700Sに乗る。
朝から6本目の缶で、さすがに疲れてきた。
スマートフォンでニュースを確認する。
大助・花子の舞台あり、寛平さんの座長公演ありで、今日のNGKの様子が記事に取り上げられていた。
そして、午後から生放送されたラジオ「ミルクポーイの火曜日やないか!」で、駒場さんが今日のNGKの舞台裏について触れていた。
大助・花子さんが復活されるとのことで、いつもとは違った感じで師匠がたが集まり、声を掛け合っていたのだそうだ。
その現場に立ち会えたことのうれしさについて駒場さんが語り、その話を聴けることがうれしい。
「舞台で窮地に立たされた相方を助けなければならない、決して見捨ててはならない」と、花子さんが駒場さんだけに諭したとのこと。
これまでの最遠日帰り記録は角館だが、今回はそれに次ぐ。
遠くに行ってもちゃんと宿泊できる、という恵まれた生活を過ごせているのだろう。
今回の移動で、東京から大阪に往復する新幹線だけで、30K円もかかることがわかった。
小倉への往復でも40K円だし、出張の機会のない、バーゲンセールで事前予約しておくタイプの僕は、大阪まで20K円くらいで往復できる行けるものと思っていた。
「あの人たち、30K円も経費つかって、大阪へ行ったり、東京に来たりしているのか」と、今後厳しい視線を投げそうになる。