電農
広瀬すずは、「父親」から努力が足りないことを指摘されているが、外にある発電装置から発せられる低周波音のために、夜の睡眠を妨げられているからかもしれない。
言うまでもなく、これは備忘である。
広瀬すずは、「父親」から努力が足りないことを指摘されているが、外にある発電装置から発せられる低周波音のために、夜の睡眠を妨げられているからかもしれない。
言うまでもなく、これは備忘である。
小竹向原駅へ行く。
おそらく、初めてだと思う。
連絡線設置の現況を観察したかったが、地下であるし、眠気もあったので、満足に見られなかった。
僕は、複雑乗り入れ反対派、基本的に路線が独立していることを望む一方で、関与しないところであれば、複雑な乗り入れは旅情をかき立てるので、あってもいいかと考えている。
小竹向原駅は、各社の車両がみられるという点で、うまみがある。
ウーロン茶「つむぎ」のCM、「ジョージア」の山田孝之のパロディだと、今日気づいた。
「激スベリ」の事実がいとも簡単に社会に広まる昨今。
僕は、簡便なネタ探しでやり過ごしている、一部のマスメディアに原因があると考えている。
8080。
そういうわけで、4年近く使ってきたスマートフォンN-04Cを使用する機会が減ったのだが、その代わりに、新しいスマートフォンを買った。
これまで、偏狭的なまでにスマートフォンの購入を拒否してきたが、お決まりの「手のひら返し」で買ってしまった。
転向の理由は単純で、ほしいと思えるスマートフォンが、許容できる価格で市場に出てきたからだ。
スマートフォンがほしかった。
でも、僕が望むスマートフォンは、これまでなかった。
父親のおさがりであるN-04Cは、当初から動作の緩慢さにイライラしていたし、画面の小ささにも不満だった。
他人が所有するスマートフォンを、手を洗って操作させてもらったことが何度かあるが、iPhone5でも画面の大きさに納得がいかなかった。
iPhone6で、「まあ許す」というレベルまで到達した。
そして、価格。
のろのろと動くものに、数万円も払う気がしなかった。
さらには、僕が最も嫌いな概念の1つである「月額利用料」が高額であることがネックであった。
我が家の家計のどこから5,000円も出すことができる?
要するに、費用対効果が見込めないから、スマートフォンの購入を避けてきた。
でも、もう1度言うが、ずっとスマートフォンがほしかった。
僕が頭の中に描いている、サクサク動く便利なスマートフォンが。
そんな僕が望む商品が、2015年になって登場した。
そもそも、ASUS Zenfone2が発表された際、「これは買うかもしれない」と思った。
しかし、いざ市場に出ると、サイズは大きいし、価格も思った以上に高い。
その後、HuaweiのP8liteが出てきて、「まあこの大きさで、価格も妥当だな」と思い、頃合いを見て購入しようと考えていた。
そして、いざP8liteを買おうと家電量販店に行った際に、新規に発売されたASUS Zenfone2 Laser (ZE500KL)を見つけた。
「これだよ、ほしかったスマートフォンは」となり、勢いで購入した。
価格は30,000円を少し上回るくらいで、昼食を50回程度我慢すれば手に入る算段を立てた。
もう1つの決め手は、月額利用料の低下である。
これまでもN-04Cを自宅のWi-fiにつないで使っていたが、やはり外でも使えないとスマートフォンの実力が発揮されない。
そんな中、ヨドバシカメラでWireless Gateのことを知り、月額480円で250kbpsを使い放題というサービスに魅力を感じた。
初期投資は、SIMカード代金3,000円で済んだ。
250kbpsには、ほんの少し不安があった。
使ってみると、ストリームで動画は見られないが、それ以外は特にストレスは感じない。
地図が使いものにならなかったら不満だっただろうが、それほど遅くはない。
技術とビジネスが成熟したおかげで、僕は恩恵にあずかることができる。
金持ちはいた方がいいな、とこの時ばかりは思う。
そんなわけで、2015年9月にスマートフォンデビューを果たした。
並行して、フィーチャーフォンもまだ使っている。
電話機能はフィーチャーフォン、スマートフォンはどちらかというとタブレット端末としての利用だ。
使ってみて、「スマートフォンは本当に便利だ」と実感している。
特に有用性を感じるのは、Google Inboxが提供しているリマインダーである。
小さなタスクを時刻とともにリマインダーに登録すると、登録した時刻にリマインダーが通知で知らせてくれる。
安心してタスクを忘れることができ、ストレスが減った。
また、飲み会の場所に向かう時も便利だ。
これまでは、地図を印刷して、飲み会の場所まで先導していた。
初めての外国であるバンコクで集団からはぐれたことを、ずっと反省しているのだ。
それが、店の名前さえカレンダーに登録しておけば、店へ向かう途中で地図を参照することができる。
逆に言うと、これまでスマートフォンを持っていた連中が、なぜ僕が印刷する地図に頼っていたのか、全く理解できない、というより憤りしか感じない。
これまで、だましだまし使っていたスマートフォンも、そろそろお役目御免となりそうだ。
2012年1月に父親からもらったNEC mobile N-04Cは、SIMカードを入れずに無線LANのみを使用し、「なんちゃってスマホ」として稼働してきた。
バージョンアップの結果、Android 2.3になったものの、日を追うごとにアプリのバージョンアップには対応できなくなり、スペックの事情から動きも緩慢になっていった。
使用シーンの最後の砦だったのだが、「ひかりTV」で視聴していた「内村さまぁ〜ず」である。
「ひかりTV」のアプリは、むしろ最新機種への対応が遅く、N-04Cで見るよりほかなかった。
寝る前、布団に横になりながら、2週に1度の更新である「内村さまぁ〜ず」を見るのが、ごくわずかしかない娯楽の1つとなっていた。
それが、2015年11月9日配信分から、「ひかりTV」での最新話配信をやめ、「Amazonプライムビデオ」へと移った。
プライム会員は無料ではあるが、プライム会員ではない僕にとっては、有料化である。
今後は、TOKYO MXで放送されたものを録画し、無料視聴することになる。
ミランカで配信されていたころから無料で視聴していたことを思うと、スマホからTVへと、時代の流れに逆行することになり、口惜しい。
そういうわけで、N-04Cの使用用途がまた1つ減った。
残されている用途は、ワンセグ放送を見ることくらいだ。
期せずして手のひらサイズのTVを手に入れている現状を見るに、未来は明るいものだったのだ、と確信する。
結果的には、僕のミスである。
朝の電車内で読む本を持たずに出かけた。
手持無沙汰なので、Amazon Kindleで、本を買うことにした。
軽いエッセイでも、と思い、又吉直樹の「第2図書係補佐」を探すものの、電子書籍にはなかった。
「火花」なら電子書籍であるが、小説を読むのはちょっと重かったので、他のものがないかと「又吉直樹」で検索した。
そして、「破天荒な父」というタイトルがあるのを見つけた。
彼の父親のエピソードを聞いたことがなかったが、250円だし、まあいいかと購入した。
ところが、文章は大したものではなく、つまらない。
最後には、なんと語り手が結婚してしまった。
何かおかしいと思い、改めて著者名を見ると、「又吉一樹」とあった。
本は間違ってはいない。
僕の誤認である。
それでも、実物の書籍を書店で手にしていたら、間違える可能性も低かっただろう。
最後まで読んでしまったし、250円はあきらめることにする。
又吉直樹が書いたと認識しているレビューが見受けられるが、きっとそれ込みのネタなのだろう。
「もし僕が1億円持っていたら、特定のビジネスに投資することを検討してもいいよ」
日ごろからこのように発言しているのだが、どうやら誤解されているようだ。
仮に1億円持っていたとしたら、その1億円は自分の生活ために運用する。
ビジネスに投資する場合は、1億円からではなく、残金からである。
たとえば、1億2万円持っていたとしたら、1億を除いた2万円のうちからビジネスに投資することを検討してもいい。
ワッキーのネタで、「半分マン」というのがあった。
ワッキー扮する半分マンに「1万円ちょうだい」とねだると、「はい5千円」と半額を渡す。
現状では、半分とは言わないけれど、所得が1万円上がったところで、税金や保険料で40%以上徴収される。
半分マンは、限界税率についての風刺だったのかな、と考えてしまう。
この時期、休日の街を歩き、考えさせられるのは、「結婚披露宴に参列する人々が着用するコート」についてである。
披露宴に参加するために、特別な格好をする。
だが、その格好で街を歩くのは、いささか寒い。
なので、上にアウターを羽織ることになる。
ところで、パーティードレスは新調してでも手をかけるものの、アウターまでは手が回らない。
よって、普段使いのコートを着ていくことになる。
そのコートは、中のドレスとは不釣り合いで、安っぽさが際立ってしまう。
それでも、写真に残るのはドレスの方なのだから、この点は我慢する…。
厳寒期であれば、それなりのコートを持っているものだ。
一方で、春先や秋の半ばにふさわしい、ショート丈のコートは、ビジネス用のものしか持ち合わせていない。
なので、生活に余裕があるうちに、年をとっても長く着られるコートを1着でも準備しておくべきだ。
もっとも、生活に余裕が生まれることなど、僕の身にあるようには到底思えない。
先日の見解は出場者たちに失礼であった。
今後、ハロウィンの参加者を「仮装大賞の審査員」と呼ぶことにしよう。
生活動線の都合、TOWER RECORDSの中では、秋葉原店に立ち寄ることが多い。
少し前の話になるが、秋葉原店の店内放送でかかっていた歌に興味を持った。
場所柄と声からいって、若い女性アイドルの歌であり、普段なら引っかかることがないのに、この歌にものすごく惹かれるものを感じた。
「自分も焼きが回ったな」と加齢を呪った。
しかしながら、いくら拒否しても、この曲が好きであることは事実。
帰宅してから、「ソクラテス」という歌詞だけを手掛かりに検索サイトで調べると(このころは、スマートフォンを持っていなかった)、その歌は、Twinklestarsというグループの「Dear Mr.Socrates」というタイトルだった。
そして、作詞作曲は、沖井礼二だった。
惹かれるのも、当然だった。
2015年10月31日。
日本橋三井ホールで行われた、土岐麻子ツアーライブを見に行った。
土岐麻子を見るのは、2013年にショッピングモールで行われたフリーライブ以来2回目、日本橋三井ホールを訪れるのは、2014年のparis match公演以来である。
少しだけ恐れていたのだが、仮装してきている人はほとんどいなかった。
ライブ中に、仮装している人がいるか尋ねられた時も、女性が1人手を挙げたにとどまった。
その女性は、チャイナドレスを着ており、場の雰囲気に合わせた大人のたしなみを感じた。
とても満足のいく内容だった。
「土岐麻子ステップ」も十分に堪能した。
自分の好きなミュージシャンが、40の声を聞くようになっている。
いや、もはや50代に差し掛かる人もいる。
多くのミュージシャンが年齢とともに内面の充実、より内省的な表現を世に出していることはありがたい一方で、肉体的な面、特に声質の変化が気になる。
土岐麻子がそうだ、とは決して思わないが、自分が好きなミュージシャンすべてに、過去と同様のパフォーマンスを期待してはならない、と強く思う。
ライブグッズを4,000円以上買った人、もしくはアルバム「bittersweet」の購入者は、ライブ終了後土岐麻子本人との握手会を行う、とのことで、帰り際には長い列ができていた。
2013年のフリーライブのときにも、アルバム購入者対象に握手会を行っていた。
その時は、アルバムを買ってもいいと思ったにもかかわらず、握手会を避けたくて、結局その場では買わなかった。
知らない同年代の女性と握手するのも、気恥ずかしいものだ。
そして、握手した際、何と声をかければいいのだろうか。
「きっと握手会にはニーズがあるのだろう」と独り言ち、神田駅まで歩いて帰った。
先日、飲み会で「僕が東京に出てきて、渋谷に行ってみたら、渋谷系はもう終わっていた」と発言し、その場の笑いを少しいただいた。
こちらとしてはもちろん笑わせているつもりだが、やはり笑われているだけだ。
それよりも、いつかこの発言に誰かが引っかかって、発言の元ネタまで思い当たられ、「もしかしてCymbalsファン?」と尋ねられたい、と強く願っている。