曇天の続き

Diary > 2026 > 01 > 10 | Prev < Calendar > Next | RSS 1.0
2026-01-10 Sat.

陋狭

2026-01-10

2025年の出納について、振り返ってみる。

まずは、収入。
ありがたいことに、2025年も安定した給与収入を得た。
現状維持できたことに、感謝をしたい。

公的負担は、所得税が少し下がったのではないかと、昨今の報道の様子から感じる。
感じるだけで、確かめてはいない。
確定申告の際に確認することにしよう。

生活費は、大きく増えた。
特に、食費は予算を超過した。
不足を補うために、COVID-19の際にたくわえた余剰を年末までにすべて放出した。
当時、飲食業界を助けるような寄付の呼びかけがあったと記憶する。
僕のような恩知らずで甲斐性のない人間は、人を助けるより前に、他人に迷惑をかけないよう自分の身を保つ必要がある。
未来の自分を救うことを考えなければならない。

生活費が足りない主たる原因は、物価が上がったことだろう。
一人暮らしを始めて以来、数年前まで物価の上昇を感じたことがなかった。
むしろ、物価は下がっていくものであり、それがもしかして健全なのかもしれない、という錯覚すらあった。
物価が上がる世界に慣れるのも必要だと思う。

必要な買い物も多かった。
同時期に、靴を3足買った。
ベルトも買い替えた。
ジャケットも買った。

宿泊を伴う旅行に3度行った。
その他にも、日帰りの遠出を重ねた。
細かい外食も多かったのだろう。

勢い余って、PCを買ってしまった。
久しぶりの、想定外の大型出費だった。

際限なき出費のため、有り金はほとんど使い切ってしまった。
結果、年間の営業利益は120ドル。
把握していない利益があれば、「KBC ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」に協力する。

諸般の理由から、数年来続けてきた個人向け国債変動10年の購入をやめ、代わりに固定5年を買った。
利用している証券会社では、既発の「30年国債」を売り出している。
3%を超える利回りに、暗い未来が待ち構えているような気がして、絶望しか感じない。

それ以外は、相変わらずの、つまらない「プログラム投資」。
2026年の投資活動も、2025年末ですでにやることを終わらせてしまった。
2027年にはiDecoの限度額が上がるようだが、僕にはもう残された時間がないし、そもそも賭場に張る現物も乏しい。

2025年4月ごろ、視界が真っ赤に染まり灰色に変わるほどの損失が出た。
精神をまともに保つことができないまま、今に至る。

生活費が足りないため、旅行と移動、医療にかかわる出費は、貯金を切り崩してまかなった。
2026年からは、上記に加えて、服飾費についても、貯金を充てる予定だ。
実に無残だ。

出納の管理について、2025年は大きな変化があった。

10年ほど使っているコードバンの財布は、まったくくたびれない。
「もしかしたらもう財布を買わないかもしれない」とまで思っていた。

そのコードバンの財布の「厚み」が気になり始めた。
コードバンなので多少の厚みがあるのは当然だが、厚みの原因が「小銭入れ」の部分にもあることに気づいた。
キャッシュレス決済が全体の9割を占める現状において、財布に小銭入れが付属している必要性はほとんどない。
とはいえ、現金しか使えない店もあり、お釣りとして硬貨を受け取る機会もごくまれにある。
その硬貨が、使われないまま滞留する。
小銭入れの箇所の元々の厚みと、持ち運ぶだけで使われない硬貨の重なりで、財布が膨らむ。
それで、ズボンのポケットが膨み、シルエットが崩れるのが我慢できなくなってきた。

そんな思いから、今の財布に変わるものがないか、探していた。
2025年になり、財布売り場で、二つ折りで小銭入れのないタイプの財布を数種類見かけるようになる。
時代の需要に、供給側がソリューションを出してきたのだろう。
店に何度も足を運び、熟慮を重ねた結果、子牛の革の薄い財布を購入した。
コードバンと比べて材質としては真逆の選択となったが、「キャッシュレス時代にあった身軽な財布を」が買い替える理由だと思い当たり、これに決めた。

この財布と別に、「矯正展」で見つけた300円の革の小銭入れを購入した。

財布を買い替えた結果、現金の運用を以下のように改めた。

二つ折りの財布はズボンのポケットに入れる。
普段はほとんど、スマートフォンによるキャッシュレス決済。
レシートを二つ折り財布に収納する。
現金で購入する場合は、二つ折り財布の紙幣で決済する。
お釣りの硬貨は、カバンにしまってある小銭入れにそのまま入れる。
小銭入れから硬貨を出して、決済することはない。
小銭入れがいっぱいになったら、銀行のATMで口座に預け入れる。

40年続けてきた「硬貨の数量管理」をやめ、小銭入れの中の硬貨の数を数えないことにした。
「この年齢になってまだ財布の小銭を数えていたのか」とあきれられても仕方がない。
これまで、手持ちの現金を1円単位まで数えることで、出納帳の勘定と合わせて、記載ミスがないことを確認してきた。
それを、硬貨の単位であれば、多少合わなくてもよいことにした。
そもそも、キャッシュレス決済で記帳漏れしているものもあるはずだ。
硬貨の管理を厳密にやる必要はなくない、とようやく気付いた。

キャッシュレス決済の支出額は、債務であるカード残高に移している。
クレジットカードの引き落としや、(めったにないが)現金から電子マネーのチャージがあれば、カード残高から差し引く。
記帳が正しければカード残高は一定の水準を保つはずだが、実際は増える方向に動く。
ポイントによる決済を支出として記帳し、残高をカード残高に移しており、それがカード残高を増加させる要因だ。
2025年から、カード残高の余剰を暗号資産に回している。
暗号資産を「デジタルゴールド」としてとらえることにしたのだ。

今後の収入増は見込めない。
資産を切り崩していくばかりだ。
そして、時間はあるが、気力がない。

生活費や遊興費、交際費はこれからも稼ぐ必要はあるだろう。
だが、自分に残された時間で読むことができる書籍のすべてを買えるくらいの貯金は、もう既にあるのかもしれない。
そんなことをぼんやりと思った。

定時までに仕事を終わらせ、手っ取り早く稼くために、仕事術や時間術の本を読んできた。
IT関連の書籍についても、仕事で役立ちそうなものを選んできた。

でも、僕に対する仕事上の要請は減る一方で、「お呼びでない」シーンが増えてきた。
技術を磨いたとしても、それを発揮する場所も、発揮を期待されることも、もうないのだ。

今後は、読んで楽しい本だけを手にし、それらを読むために時間を使えばいい。
どちらかというと時間の確保が大事であり、予算の心配はもういらない。

そうはいっても、気は抜けない。
数年前「これだけ貯金があれば、文庫本なら値段を気にせず買えるようになったかも」と思ったものだ。
今は1K円超の文庫本も多くあり、買うのを躊躇してしまう。

Link
Diary > 2026 > 01 > 10 | Prev < Calendar > Next | RSS 1.0