壊れそうだった
2017年4月、旅行で福井に行った。
桜の遅い満開の時期を堪能した京都を後にし、特急しらさぎで福井を訪れた目的はただ1つ。
川本真琴が高校の体育祭の時に利用したであろう、仁愛グランド前駅を通過するためだった。
お昼過ぎ。
ニュースが第1報を繰り返す中、僕は道端の椅子に座る。
近頃、情報の多さについていけず、頭が落ち着かない。
数か月前から週に1回このベンチに座り、音楽を聴きながら人の流れを見るようにして、多少の機能回復を試みている。
本日のアルバムは、「gobbledygook」。
2001年3月に、店員に頼んで取り寄せて入手した。
仕事を切り上げ、早退。
車をとばせばたった15分とちょっとくらいだっただろうが、地下鉄に乗り、六本木。
東京ミッドタウンにはしばらく訪れていなかったようで、居心地の悪さを我慢し、地図を何度も見て、目的地に到着。
サイトにログインし、QRコードで認証し、システムの説明を受け、入館。
微熱もない。
川本真琴 Billboard Live Tour 2022 「密会」
Special Band : 林正樹(Piano) 伊賀航(Bass) 山本達久(Drums)Special Guest : 池間由布子
2部構成の第1部のチケット。
この日はツアー最終日だし、第2部のほうが絶対いいのだろう。
でも、早く帰らなければならないし、夜に楽しいことは僕にはもう何も起こらないので、第1部を選んだ。
1996年5月、「愛の才能」を聞いたとき、びっくりしてひっくり返った。
十代のすみっこで、これからずっと聞いていく歌い手が現れたのだ、という確信と喜びがあった。
シングルを待ち望み、アルバムを待ち望み、4年後にようやく2枚目のアルバムが出て、その時でもなんか知んないけど面倒な話が出てきて、そこから何をやっているのかわかりづらくなって、でもウェブというものがあるおかげで動静を知ることができ、気付いたらアルバムが出て、その時々で息を飲んだ。
デビュー25周年ツアーで、ようやくライブに来ることができた。
こんな感じだと、僕はいつか、8分のバニラのライブにも行くことになるのではないだろうか。
ソーダ水の泡みたいなジントニックを飲みながら待ち、開演時刻を少し過ぎて、本人登場。
顎までの長さの金髪に、黒のドレス、腰の後ろにリボン、あみあみブーツ、へそ出し膝出しといういでたち。
セットリストの最初は「桜」。
僕が2番目に好きな曲で、どこを切り取っても美しい。
春になると必ず聞いているし、桜の花を見ると脳内再生が止まらない。
春のリクエストを問われれば、「桜」と答えることにしている。
ちなみに夏だと「ENDLESS SUMMER NUDE」、秋だとparis match「眠れない悲しい夜なら」、冬ならbonnie pink「CHAIN」か土岐麻子「NEW YEAR, NEW DAY」、あるいは大瀧詠一「クリスマス音頭」をかけてもらうことにしたい。
年明けから春までにインターバルがあるが、そこは暫定で「White Love」か「DEPARTURES」、「Winter's Tale~冬物語~」を。
ICEからは、まだどれを選んでいいか決めかねている。
「LOVE&LUNA」の後に、「1」。
新しめの曲ばかりやるのかな、と事前に思っていたので、これはうれしかった。
「1」は今パフォーマンスされても、感動がある。
声を出しての鑑賞が許されておらず、精いっぱいの拍手を送る。
「人形」の後に友達の池間由布子をゲストに迎え、2曲。
最新のアルバムに入っている「ロードムービー」を聞いていると、目頭が熱くなる。
何で、こんな詩を書くのだろう、苦しい気持ちにならないのだろうか。
それは、YUKIに提供した楽曲「転校生になれたら」を聞いた時にも思った。
そんなことを言わなくても、ここにいればいいじゃないか。
MCでは、昨日明治神宮に行ったことを話していた。
東京の中でも大好きな場所で、3年に1度くらいは行っているとのこと。
今日のお客さんが満足してくれることを祈願するも、財布に6円しかなくて、クレジットカード払いもできず。
よって、もし満足してもらえたら、お礼を言いに行くとのこと。
直近のアルバムからアルバムタイトルでもある「新しい友達」、デビューシングルに入っていた「早退」。
新しい曲も古い曲も歌えることが、そしてどちらも十分に聞けるものであることがすごい。
そして、「FRAGILE」。
1番好きな曲で、これまで何度も何度も繰り返し聞いてきた。
長尺の曲で、壮大な音楽は広がりのポテンシャルを持ち、ライブだと聞きごたえがあるだろう、ぜひ聞いてみたいと思っていたので、生で聞けて本当にうれしかった。
最後は、「ゆらゆら」。
川本真琴の現在地であり、ベストなパフォーマンスだと思った。
時間いっぱいやるために、アンコールなしのセットリストにした、という気遣いも、うれしい。
ライブが終わって、ネットを見ると、ニュースが変わっていた。
ミッドタウンに入っている店は僕には敷居が高く、この時間だと客もまばら。
きっと僕の見えない時間に、品よく買い物をしているのだろう。
東京に居場所なんて、どこにもないように感じた。
東京に居場所がなかったら、どこにもない。
小暑を過ぎた外はまだ明るい。
後で知ったけど第2部は舞台の後ろのカーテンが開いて、毛利邸の庭園が見えとてもきれいだったらしい。
でも、2部構成にしてくれたから、早い時間に終わる方に行くことができた。
アーティスト本人からしたら、僕は「望まないファン」の類に入るのかもしれない。
でも、世間で認知されている像を望むファンとも、僕はまた違うようにも思う。
言ったとおり、僕は楽曲の衝撃、そして詞と歌回しにデビューから魅了されて入っていて、ビジュアルからというわけではなかった。
アニソンも通らなかった(売れた礎になったことは受け入れているし、中川翔子にも感謝している)。
僕にとっては数少ない「詞を聞くミュージシャン」であるし、代替性のないアーティストである。
昔の様子の再現を期待しているわけでもない、なにせ自分の歳を考えればそんなことは到底思えないし、その時のCDがあるからそれを聞けば済む。
いくら「成長しないって約束」とはいえ、なくしたもの、やめたものはあるだろうし、気付いたこと、補ったものだってあるし、そのうえで変わらないものもある。
川本真琴は、これまでの作品を十分に評価されていいミュージシャンである。
そして、過去の作品を現在の形でパフォーマンスすることができ、今もなお新譜を期待できる、現在進行形の人である。
だから、自分を大切にしてほしい、できれば大切にしてくれる世界に身を置いてほしい。
率直に言うと、遠くで見ていてつらいこと、危ういと思うこともなくはない。
応えなくてもいいことをしなくてもいいのに、という歯がゆさもある。
本人はMCで「あまり体を動かさない」と言っていたけど、できれば体のメンテナンスを続けてほしい。
このような僕の態度が「熱心なファンではない」と言われれば否定しないし、全部は受け入れられないのも確かだ。
でも何度も聞いているし、これからも聞くだろうし、新しいのは試してみるし、たぶんそれも聞き続けるだろう。
乃木坂のほうに帰ると、田中麗奈さんがCMに出演しているペットショップを見かけた。
ここにあったのか。
2017年、仁愛グランド前駅は通過したが、仁愛女子高校駅を訪れる機会は作れなかった。
その母校を訪ねてNHKの昼生ラジオに出演した川本真琴を聞いた2012年に、僕は次の新譜を待ち続けることにしたのだ。