老残
鼻の後ろがかすかに痛い。
あるいは、のどにほんの少しの引っ掛かりを感じる。
この時点で、もう「負け試合」が決定する。
これから、鼻水が出て、のどに痰が絡み、声を出すたびにむせる。
首の筋肉が甲張り、ひじや股関節が痛くなる。
熱が出れば治るものだろうが、加齢のせいか容易には熱が出てくれない。
発熱がなければ、通常の生活を送らざるを得ない。
鼻水を垂らしながら咳をまき散らしながら、相手の要望が理解できないふりを決め込み、できない理由をねじ込む日々。
見るに堪えない様相になってくる。
ぐずぐずとした時間を経て、ようやく熱が出始める。
体が動かなくなって、寝床で横たわっていると、うなされる。
こないだは、プログラミングの新たなパラダイムが隆盛を誇る夢を見た。
その前は、圏論について完全に理解した夢を見た。
いずれも、翌朝になれば無為であることに気付く逡巡である。
熱が引けば、世間は「出てこい」と言ってくる。
熱がないだけで他の症状はそのままで、のどが痛いし、咳は止まらない。
洗面所に行き、個室で鼻をかみ、手をよく洗い、鼻の周りを水で洗い、自席に戻って鼻をかむ。
話をしているのか、咳をしているのか、よくわからない。
風邪のひき初めから治るまで、1か月近くかかる。
これが、1シーズンに2回。
先日は、実に約20シーズンぶりに、大風邪を召した。
熱が出ている実感がないのに体温計は40℃を示し、自分の体に対する感覚すらあてにならないことを思い知らされる。
いつもの4倍くらい時間をかけて身支度を整え、擁壁を伝いながら病院まで行って、医師に検査をしてもらって、ゾフルーザをもらってきた。
僕だって、必要に応じて、素直に通院することもある。
以前は世間知らずからの怖いもの知らずで、周囲に不要な迷惑をかけてきた。
「風邪をひくのも、免疫力の機能チェックみたいなものだから」と訳のわからないことを言って、その結果良識ある人々が離れていった。
現在は、年を取ったせいで、気がますます弱くなっている。
今回の大風邪の症状がつらくて、また休んだ後のリカバリがつらくて、予防接種について真剣に考える。
誰ともつながりがないのから、自衛の道を選ぶしかない。
つながりがないのに、なぜ大風邪がやってくるのかは、知らない。
蛮勇でも臆病でも、実情は全く変わらない。
いつまでも風邪に無力すぎる。
風邪のひき初めに葛根湯を飲むといい、と聞いてから、実践はしている。
今回は大風邪だったのもあり葛根湯の出番はなかったが、普段の風邪であっても、葛根湯の服薬はさして効果を示していないように思う。
服用の仕方が悪いのかもしれないが、やはり冒頭に書いてしまったように、もうひき初めの時点で負け試合なのだ。
そもそも、「風邪をひいた」という感知が遅く、初動が間に合っていない。
いずれにせよ、風邪に気付いたら、消化にいい炭水化物を食し、水分を取って、暖かくして睡眠時間を長くとる、しかない。
普段やっていることはすべて投げ捨て、風邪への対処にリソースを当てる。
それが1か月続いて、それが1シーズンに2回ある。
どれだけ生産性の低い機関なのだろう、誰もこんなの受け入れてくれない。