等隔
2020-04-03
また、追悼番組を見てしまう。
普段は世の中のために21時で風呂に入ることを心がけているのだが、つい番組終了までTVを見てしまった。
月並みな感想だが、「もういない」ということを忘れてしまう。
もう次がないのか、と思うし、今まで何を見てきたのだろう、とも思う。
物心がついたころには、志村けんはザ・ドリフターズの一員で、いかりやさん以外のメンバーはすべて並列に見えていた。
志村さんはすでに第一線の芸人であり、それから40年ずっとそのままでいる。
志村さんがあとから加入し、加入前はいかりやさんの付き人だったのを知るのはおそらく30年くらい前だが、そのことにはまったく気づかずにコントを見ていた。
特に、加藤さんとのコントは、本当の友達がふざけているように見えた。
でも、よく考えれば加藤さんと志村さんの間にはメンバーとメンバーの付き人という関係性があったはずだ。
当時そのことを意識させなかった加藤さんは、すごい。
また、気づいていなかったことがあったことに気づき、落胆する。
タモリさんの3時間生放送も少し視聴。
離れて立っているのには慣れればいいのだが、それにしても寄りかかるところもなくずっと立っているタモリさんはつらくないか、と心配。
思い返せば、「ブラタモリ」の四万十川の回では、河口から船に乗り、あの四国の細い山道を車で移動し、過去の川の痕跡に降り立ち、ラフティングをし、新幹線型の列車に興奮し、最後は四万十川の源流まで行き、その上ところどころ頭を使うコメントを残しており、「ぶらぶら歩く」とはかけ離れた行動に、ご年齢を考えるとどれだけ元気なのか、と思う。
むしろ、ナレーターの健康管理のほうが心配になり、番組視聴の邪魔となっていた。