普遍
僕が初めてCOSA NOSTRAのライブに行ったのは、記録によると、1999年4月23日である。
場所は渋谷のclub asia、と書いてあるが、場所の記憶は曖昧模糊としている。
そのころ、COSA NOSTRAはTOY'S FACTORYからSMEレコーズに移籍したばかりであり、しかも佐々木潤が脱退していた。
行く前までは楽しみだったが、その一方で、僕はどうしても「佐々木潤がいてこそのCOSA NOSTRA」という思いが強かったからか、ライブ終わった後は「何か違うな」という思いがした。
きっと自分が悪いのだとその時は思ったが、やはり感じていたものとは何かが違ったのだと思う。
そもそも、COSA NOSTRAを認識したのは、「Living For Tomorrow」だったのだろう。
その後、「Share your love」や「Jolie」のことを知り、近所のレンタルCD屋で「World Peace」を見つけた。
「World Peace」は、1日に1回は聞いていたように思う。
恥ずかしながら、このころは借りてきたCDをカセットテープにダビングしていた時代である。
僕が作ったテープは、7曲目の「PRECIOUS MOMENT」でA面が終わり、B面は「SAY GOODNIGHT」から始まっていた。
「I WANNA BE FREE」から「SWEET CHILD」、「DAY BY DAY」から、S.E.を挟んで「World Peace Part 1」、そして隠しトラック、という流れがとても好きで、聞くたびに気持ちが高揚した。
大学受験の時は、ICE、オリジナルラブとともによく聞いていた。
当時、僕は英語のリスニング試験の出来が良くなく、ふがいない結果に悩まされていた。
入学試験の英語が始まる直前、池のほとりに行き、「最後にこれを聞く」と決めていた「World Peace」を耳にして、突如として鈴木桃子による英語の詞を聞き取れる感覚を得た。
「これは、もしかしたらいけるかもしれない」と根拠のない自信を抱き、リスニング試験に臨み、その結果かろうじて大学に滑りこむことができた。
上京がかなったのは、COSA NOSTRAのおかげである。
東京での生活は、働きもしないので、当然金に困るばかりだった。
「Trip Magic」「OUR THING」と続くアルバムは購入できたが、以前に出たアルバムを買うには金がなく、よく中古のCD屋をめぐっていたような記憶がある。
その後、COSA NOSTRAから佐々木潤が抜け、レコード会社を移籍した。
僕は割のいいアルバイトを見つけ、少し余裕ができたので、ライブに行ったものの、よくわからないまま終わった。
そして、鈴木桃子が脱退し、新譜が出なくなり、鈴木桃子の新譜は聴いていて、国岡真由美とライブをやっているのを聞き…、しているうちに2020年を迎えた。
僕はまた渋谷に戻り、ライブ会場へと向かった。
それは、鈴木桃子のデビュー30周年を記念するライブ。
ゲストが、小田玲子、野宮真貴、そして佐々木潤。
迷うことなくチケットを買った。
観客は、年上の人たちが多く、もしかして自分が一番若いのではないか、と思うが、そんなことはないだろう。
会場のあちらこちらで談笑が繰り広げられていたが、これは後でわかることなのだが、鈴木桃子の知り合いというか後援者も多かったようで、身内のパーティーに混ざってしまったような感覚だった。
もっとも、どこにいても居場所がないと感じるのが、自分というものだが。
開演。
「Friends & Lovers」の後の「Marmalade」で、昔のままの鈴木桃子を確信する。
MCは、30周年ということもあり、鈴木桃子のデビュー前からを振り返るというものだった。
知らなかったことも多く、早くも来てよかった感にあふれる。
病気もあったし、COSA NOSTRAを脱退するきっかけとなった出産を経て、娘たちも20歳を迎えた、とのお話。
娘「たち」という言葉が自然に出るところが、ファンとしてはうれしい。
高校時代に書いたという「So Happy」を聞き、音楽の道を進み続けた鈴木桃子の幸せに包まれる。
「Footsteps」の後に、佐々木潤が登場。
観客が立ち上がり、「Be Yourself」でものすごく盛り上がる。
脇田もなりのプロデュースで縁が復活したのがきっかけで、今後は新ユニット「visible tangible love」としての活動もあるとのことで、新曲「Cosmic Angel」が披露された。
これこそが自分が待ち望んでいたことであり、未来を期待できる曲であった。
そのあと、野宮真貴。
初めて実物を見たが、それはそれは異質のたたずまいである。
鈴木桃子が参加した「きみみたいにキレイな女の子」に続き、「Happy Sad」が披露された。
これが本物である。
前から7列目で鑑賞したが、なかなかこの距離でプロの仕事を目の前で見る機会はなく、これだけでもライブに足を運ぶ意味があると思う。
そして、小田玲子。
今は、結婚して宮崎に移住し、エステティシャンをやっているとのことに驚きだが、「Springtime Kiss」を聞くと、全く変わらないハーモニー。
「Sweet Child」「Communication」「Let's Sing And Dance」と続き、「Girl Talk」、最後は「Living For Tomorrow」。
"Peace", "Unity", "Love"のサインで、観客が一体となる。
アンコールは、「Share Your Love」、そして「Jolie」。
僕は懐古主義が苦手だが、聴いているときは時間が戻ってしまった。
一番好きで、思い入れがあるのは、やはり「World Peace」なのだが、それはまたいつか聞けるのかもしれない。
あの年代は自分より2つくらい上の世代で、力があって、強くて、近寄りがたさがあった。
それは今も感じていて、終わってみると、見せられているだけで参加することができていないもの悲しさを覚える。
ライブから2日後。
偶然同い年の男と話す機会があった。
「最近、娘があの曲を好きなんだよ、ORIGINAL LOVEの…、何だっけな…」
昔だったらとどまることなく曲名が口をついたのに、今は思い出すのにスマートフォンを駆使しなければならない。
彼がたどり着いたのは、ORIGINAL LOVEの「サンシャイン・ロマンス」。
アルバム「EYES」に収録されている名曲であり、「娘がこれを選んでくれてうれしい」という彼に、僕は激しく同意する。
彼とは生まれ年が同じというだけで、生まれ育った場所はまったく異なる。
それにも関わらず、その時の音楽の話をすると、話が止まらない。
相手の立場や知識を気にせず、思ったことを躊躇せず場に出して、それを受け止めてくれることができる人は、ほんの薄い世代にしかおらず、有難いことである。
それを強く感じながら暮らしを続けるということが、ロスト・ジェネレーションの宿命だと思う。
その彼に、ライブで野宮真貴を見たことを話し、「この3月で還暦らしいよ、何といっても「3月生まれ」だからね」と伝えると、「えっ、野宮真貴が還暦」と何度も驚かれた。
お互いに自分の年齢を思った。