迷青
先日、銀行へ行った。
平日の朝、天気は小雨。
都心に出て、コーヒーショップで朝食。
読書し、飽きたらPCで作業。
ここのコーヒーショップは最近、無線LANが格段に使いやすくなった。
10時になり、コーヒーショップを後にする。
電車に乗り、銀行の口座がある支店に向かう。
駅から少し歩く。
雨がぱらついているのだが、折り畳みの傘をさす程ではない、と判断する。
銀行に到着。
僕の口座を開設している支店は、事情があって、都心にあり、非現実的なくらい建物が大きい。
銀行に行くのは、休眠口座を解約し、遠隔窓口で口座を開設して以来。
場違いなのは十分承知しており、早くも居心地が悪い。
まずは、受付へ。
行員に一瞥されることを感じつつ、「こちらに開設している口座で個人向け国債を購入したいと思い、本日参りました」と伝える。
「本日は、通帳とご印鑑、本人確認ができる書類をお持ちですか」と尋ねられ、うなずくと、「それでは、あちらの窓口へ」と、資産運用ご相談コーナーへと通される。
窓口には、女性行員が座っていた。
僕はもう一度用件を伝え、行員から歓待を受ける。
そこから、まずは、債券購入用の口座開設の手続きを行う。
いくつかの書類に住所氏名を記入し、運転免許証とともに渡す。
その情報に基づき、行員が端末を操作する。
入力された情報がタブレットに表示され、僕はチェックボックスに印をつける。
次に、個人向け国債の説明を受ける。
「個人向け国債の購入は初めてですか」と尋ねられ、「初めてではないのですが、不勉強なものでよくわかっておりません」と返す。
こちらは、このために時間をたっぷりと確保しているのだ。
いくらでも説明を聞こうではないか、と姿勢を正す。
3種類の商品説明があり、利率の話、売却のルールなどを理解し、商品を選ぶ。
「では、本日はいかほど購入なさいますか」と尋ねられ、こんなたいそうな作業をしている割にはばかばかしくなるような金額を口にする。
普通預金口座から出金する手続きに着手。
口座番号と金額を記入し、署名、捺印。
さらに、債券購入の手続き。
書類上で商品を選択し、金額を記入し、署名、捺印。
別の金融商品を説明され、「ぜひ検討したいと思うので、説明資料をいただけますか」と返す。
源泉徴収がどうのとか、特定口座がどうのとか、わかるようなわからないような話をわかるまで伺い、納得のいくやり方に落とし込む。
その都度、タブレットで、膨大な質問数のアンケートに答える。
「今日はお休みを取られたというのに、あいにくの天気ですね」と話しかけられ、「そうですね。近頃は雨ばかりで空気も湿っぽく、洗濯物が乾かなくて困ります。そちらはそんなことはないですか」と返す。
いったい何の話をしているのかわからなくなるが、銀行で話す話題としては、きっとふさわしいものだと思う。
「それでは」と行員が、数字の書かれた札を渡す。
「ただいまからお手続きを進めます。20分ほどかかりますので、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
20分?
「もちろん、かまいません」
「お待ちの間、外出なされますか」
「いえ、建物の中で待たせていただきます」
「それでしたら、あちらのソファでお待ちください」
ほんの少し笑みを浮かべることを忘れずに維持し、僕は席を立つ。
20分?
用を足したかったが、不慣れな銀行でトイレを拝借するのも気が引けて、窓口から少し離れたソファに座る。
バッグから、佐藤正午「月の満ち欠け」を取り出す。
交換殺人だの、偽札だの、一見陳腐と思われる題材を、魅力的なストーリーへと昇華させる「小説巧者」の腕が、今回の「生まれ変わり」でも存分に発揮されており、ついつい集中してしまう。
いい機会なので、この銀行で宝くじでも買っておこうか、とすら思う。
時折窓口のほうを見ると、先ほどの行員が端末にデータを入力し、書類を印刷していた。
どうやら、冗談ではなく、本当に20分かかる作業をしているようだ。
そして、本当に20分ほど待たされて、窓口の行員から名前を呼ばれる。
ご丁寧な感謝の意を伝えられ、こちらも面倒な手続きをさせてしまったことを詫びる。
袋を渡され、中には先ほど話に出た金融商品の説明資料が入ったロゴ入りクリアファイルと、台所用ラップや食材保存袋などが入っていた。
銀行でこのようなものをもらうのは、いつ以来だろうか。
「よい休日をお過ごしください」という声を後にし、建物の出入り口へと向かう。
なぜこの銀行で個人向け国債を買うことになったのか、一応の理由があったのだが、それにしても、あまりにも仰々しく、終えてみるとむしろすがすがしさすら感じられる。
重々しい手続きに、「本当にこの銀行から自分の資産を引き出すことができるのだろうか」という、一見逆とも思われる疑問が浮かんでくる。
この後、上野に行き、美術館で絵画鑑賞。
平日の午後であっても、美術館はご婦人方でにぎわっており、自分がいったい何を見に来ているのか、目的を見失いそうになる。