曇天の続き

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2020-08-23 Sun.

端銭

2020-08-23

2020年の麻布十番祭りはどうなっただろう、とこの時期恒例の番組を見ながら思い、今年も「募金」について考えてみようと思う。
僕も番組の真摯な訴えを純粋に受け止め、「募金」をしているのだが、金が一向に集まってこない。
きっと、僕の志の低さが露見しているだろう。

ところで、最近心変わりして、寄付を始めた。
まかり間違って一円硬貨を手にすることになったら、即座にレジスターの横に備え付けられている募金箱に放り込むようにしている。

一円硬貨がいったん手元に来るとしつこく残留するようになり、それがどうしても許せなくなってきた。
これまでは、銀行のATMに小銭を投げ入れ、口座の残高に加算してきた。
でも今は、その手間すら面倒に感じる。

恥ずかしい話、寄付は不本意である。
寄付の代わりに、税金を納め、国民の代表者がその使い道を適切に定め、しかるべきところにお金がいきわたってくれればと思う。
募金箱の中身を回収する人たちが、それをどう扱うかは今も確認する手立てがない。
それでも、一円硬貨を市中に残すくらいなら、適切に処分された方がいい。

何なら、募金箱ではなく賽銭箱でもいい。
彼らは、「一円硬貨など、扱う手間がかかるだけだから、いらない」とは言わないだろう。
僕は言うけど。

改めて、一円硬貨の廃止を願う。
現金決済は5円単位で、4円以下を5円に、6円以上9円以下を10円に切り上げればいい。
これで、何か大きく困ることがあるのだろうか。
1円単位の細かいやり取りをする弊害の方がよほど多いように思う。

もっとも、僕の場合キャッシュレス決済ばかりなので、1円硬貨を受け取ることはほとんどない。
金融機関で配当金を受け取る際に1円硬貨を渡されることがあるのだが、あれこそどうにかならないかと思う。
世の中でキャッシュレスが進んでいない三大窓口は、役所、金融機関、そして医院であると思う。

ところで、後出しになってしまったが、「募金ラン」のメンバーを5人中3人当ててしまった。
自分の勘の良さを誇るよりも、僕のようなものでも当てられるキャスティングの安易さを嘆きたい。

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