曇天の続き

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2017-12-04 Mon.

事欲

2017-12-04

「欲しいものはたくさんあるの」と詩人は言った(JASRAC未承諾)。
ところで、僕は欲しいものがすぐには思いつかない。

この10年、欲しいものなど手に入れただろうか。
少なくとも、金で購入したものは、欲しいものではなく「必要なもの」がほとんどだ。

この10年で、自分のために購入した最も高額なものは、TVだったと記憶する。
自宅のTVは2009年に購入した42型の店頭展示品で、確か15万円程度だったはずだ。
それだって、「欲しいもの」というよりも、必要だから、である。

しいて言えば、「欲しいもの」というより「したいこと」だったら、10年間で購入した中で最も高額なものは「旅行」だろう。
旅行は、自分の希望で出かけている。
もっと自由に旅行に出られるのなら回数を重ねているのだろうが、日常の瑣事に翻弄されてしまい、思い通りにはできていない。

その他に欲しいものを挙げれば、本だろうか。
それさえも、本を置くスペースが確保できないのと、本の内容を理解するための時間と脳が都合つかないために、自由に買っているわけではない。

さて、その2009年に購入したTVだが、最近どうも調子が悪く、突然電源が落ちる。
いつもというわけではなく、再現する手段もわからない。
それで、家電量販店に足を運び、次のTVを模索している。

現在のものの1つ前のTVが14型で、それを42型に買い替えた時、「これ以上大型のTVを今後買うことがあるのだろうか」と思った。
それから、8年。
部屋が狭くなるような引っ越しをしたわけでもないので、サイズダウンになるようなTVの買い替えはしたくない。
次は55型かと思うのだが、価格が20万円くらいであるのを知り、気持ちが萎えた。
4K放送もまだ定まらないし、そもそもTV放送を今後どの程度見るのだろうか、という疑問もある。
可能ならあと2年くらいは今のTVをだましだまし使っていきたい。
まさか、「平成32年東京オリンピック」をきっかけにするような行動を自分が起こす気になるとは、情けないことだ。

この頃やたら「「もの」より「こと」」という表現を聴くが、僕の場合は今もなお「こと」より「もの」である。
「もの」はじっくり選べるし、後に残る。
「ものを選ぶ「こと」」や「ものを使う「こと」」が、楽しいのだ。
一方で「こと」は、クオリティがまちまちだし、「こと」の多くは人が絡むので、苦手なのだろう。
「こと」を楽しめるほどに成熟していない自分を突き付けられることも、苦手とする要因の1つだ。

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