悠長
まずは、やかんに水を張り、コンロにかける。
急須に茶葉を入れ、食器棚から湯飲みを取り出す。
果物籠に1袋のミカンを盛る。
やかんが湯気を噴けば、湯をポットへ移す。
1時間前からエアコンを入れ、居間を暖めておく。
そして、こたつの温度調節を怠らない。
こたつの上に、読みかけの本や雑誌を数冊積み上げる。
傍らには、付箋とペンを備える。
あまり見栄えのいい習慣ではないのだが、本を読みながらメモを取るためにこれらが必要となる。
座いすの向きを調整し正面に据え、背もたれを最適の角度に合わせる。
腰の部分にはクッションをあてがう。
開始十数分前からこたつに足を突っ込む。
暖められた血液が足から体内へと循環していくことにより体が温まっていくのを確認する。
多すぎず少なすぎず、ぴったりの量の湯を急須に入れ、湯飲みに茶をいれる。
以上が、全国高校サッカー選手権大会決勝戦を見るための準備である。
TVの音は、小さめ。
平日には読まない小説を開き、音読するくらいのペースでゆっくりと読む。
そして、シュートが放たれた瞬間だけ画面に目を上げる。
くどいようだが、私はサッカーのことをよく知らないのだ、ペタンクと同様に。
人が必死で取り組んで姿を見て、それで涙を流している人間の行為に疑問を感じる。
僕が高校生の頃、教師が「文化祭で涙を流す方法」として「準備のために3日間徹夜すること」というのを伝授してくれた(蛇足だが、それを真に受け実践している生徒もいた)。
簡便な方法で、あるいは便乗して感動に興じることのできる者を実にうらやましく思う。
ああ、うらやましい。
だったら、ドーハとかへ行かなければならないと思う。
試合終了後、応援席にカメラが切り替わり、試合に負けたチームの高校の生徒が画面に映る。
自らが映った姿をビジョンで確認したのか、手を叩いて大笑いし合っている。
僕は、そういった人の感覚に共感する。
ただし、このような感覚の持ち主は、試合会場に行ってはいけないことも僕は知っている。
現場の雰囲気に水を差し、周囲の不必要なひんしゅくと反感を買う結果に終わるからだ。
ここは、TVの前で母校の活躍を見守るのが、正しい。
そして、時々スイッチングされる観客席に知った顔を見つけ、「一般から見るとそうなるのか」と感心していた方がよい。
僕もそうしてきた。