思考停止
2001-10-10
もし今僕が外国人に「お前は戦争を認めるのか?」と訊かれたら「ノー」と答える.でも,「お前の国は戦争を認めるのか?」と訊かれたら,今の状況を考え「イエス」と答える.現在の状況をみると,僕は国という機関を通して戦争を認めていることになる.自分の意志とは異なっても外国人から見れば「(僕も含まれる)日本人は戦争を認めている」と判断されるだろう.その判断は間違っていると言いたくても,今の僕は国の判断に反対し何か行動しているわけでもない.そうするにはあまりにも問題が複雑で,また僕は自分のことで精一杯だ.だから,空爆を受けている人々に非難され,つるし上げられても何も文句が言えない.僕の国は朝鮮での悲しい戦いで復興を遂げ,ベトナムの人々を苦しめる手助けをした.とても,自分の国が戦争を放棄したすばらしい国だなんて誇れない.そうすることは少し無理のある話だ.
何が言いたいかというと,国というものは必ずしもすべての国民の意思を反映しているわけではないということだ.自分のことを考えると,国の対応をチェックする余裕なんてとてもじゃないけどない.だとすると,おそらく他の国の人だってその国の政府が行っていることとは違う考えを持っていると想像できる.それを忘れないようにしたい.
戦争は悪だ。 しかし、戦いは悪ではないらしい。 その違いがわからないで悩んでいる。 戦いの対義語は平和ではないらしい。
(2008-03-22)