ものは試し

北の果てを目指す

2011-10-31 / Last Modified: 2018-01-06 11:12:43

本を読んで知ったのだが、近頃では青春18きっぷで乗ることが可能な夜行列車が少なくなったそうである。
そのため、青春18きっぷを用いた、安上がりな遠距離車中泊旅行が難しくなってしまった。

例えば、以前であれば、青春18きっぷ1日分と1,000円余りの運賃や料金を支払うだけで、東京から札幌まで行くことができた。
しかし、現在では夜行列車が廃止されたため、そのようなプランは実行不可能である。

本を読み終えてから、僕は、押し入れにしまってある箱の中から、小さなノートを取り出した。
そのノートには、1999年に実行した旅行の行程計画と旅行日誌が記してある。
僕は確かにこの行程計画を基に北海道へ行き、そして戻ってきた。

現在では不可能ではあるが、昔はこのような普通列車を駆使した旅行が可能であった。
その事実をここに記録し、在りし日を懐かしんでみたい。


旅のきっかけは、「鉄道の日記念・JR乗り放題きっぷ」というものの存在を知ったからである。
それまでは、普通列車が乗り放題となるといえば、僕は「青春18きっぷ」しか知らなかった。

子どものころは、「青春18きっぷ」を使って、生まれ育った小倉から東京や北海道を目指してみたい、と考えていた。
しかし、その夢が実現することはなく、いつも「机上旅行」に終わっていた。
そしていつか、夢のこと自体を忘れていた。

上京し、しばらくは金のない生活を我慢したが、勤労意欲の低い僕もようやくアルバイトを始めることにした。
ありついたのが実に割のいいアルバイトで、仕事の内容も変わり者の僕にはぴったりだった。
アルバイトを続けているうちに、小金が貯まった。

そんな矢先に、駅に貼り出されたポスターで「鉄道の日きっぷ」のことを知った。
10月8日の鉄道の日にちなみ、その前後の期間を有効期間とし、任意の3日についてJR全線の普通列車に乗ることができるきっぷだ。

時刻表を調べてみると、北へ向かう夜行列車がある。
乗り継げば、二晩で北海道まで行けることがわかった。

東京に住んでいる今であれば、中心から果てを目指す旅に出ることも可能である。
何といっても、すでにもう大人なのだから、迷惑さえかけなければ、あと必要なのは、金と時間と決心だけだ。
そして、金も時間もある。

そこで、旅行先を北海道に決めた。

1999-09-24 Fri.

旅立ちに備え、吉祥寺駅中央口にあるみどりの窓口で、指定券を手配する。
一度は指定券を手に入れていたのだが、休暇の終わりが早まってしまったため、日程の変更を強いられたのだった。

事前の調査で、計画をうまく調整すれば、竜飛海底駅を見学するコースに参加できることが判明した。
そこで駅員に、竜飛海底駅を見学するための切符を頼んだ。
このチケットを発券していただくのに4、5分かかり、駅員の方に苦労をかけることになった。
理由は、竜飛海底駅を見学するための切符を発券するには「Z539」という切符の名称を指定しなければならず、しかも読み方が「ゾーン―」であるため、まずは「ぞ」という文字を入力しなければならなかったからだ。

このとき、都会の駅で扱わわれることが珍しい切符を買おうとすると、駅員たちのテンションが若干上がることを知る。
彼らの一服の清涼剤となれば…、仕事だからなるわけがないか。

1999-10-01 Fri.

出発前日。

この日は、アルバイトで、門前仲町へ行く。

アルバイトを終え、営団地下鉄東西線に乗り、高田馬場駅で下車。
みどりの窓口で、「鉄道の日きっぷ」を購入する。

旅行計画

最終的な旅行行程は、次のように計画した。

1999-10-02
新宿 23:09 快速 ムーンライトえちご 5号車9番C席

1999-10-03
新潟 05:06
村上 06:05
村上 06:08
酒田 08:32
酒田 09:41
秋田 11:39
秋田 11:45
東能代 12:36
東能代 13:22
深浦 15:49
深浦 16:00
弘前 18:26
弘前 19:08
青森 19:58
青森 20:26 快速 海峡13号
函館 22:58
函館 23:30 快速 ミッドナイト 3号車8番C席

1999-10-04
札幌 06:30
札幌 09:06
滝川 11:17
滝川 11:25 特急 ライラック5号
旭川 12:00
旭川 12:03
名寄 13:34
名寄 13:37
音威子府 14:30
音威子府 16:09
稚内 18:29

1999-10-05
終日、稚内を観光。

1999-10-06
稚内 06:41
名寄 10:16
名寄 10:18 快速 なよろ6号
旭川 11:47
旭川 13:24
美瑛 13:59
美瑛 13:59
富良野 14:34
富良野 16:44
新得 18:13
新得 19:43 特急 とかち12号
札幌 21:58
札幌 23:30 快速 ミッドナイト 3号車6番C席

1999-10-07
函館 06:30
函館 08:04 快速 海峡2号 12号車3番C席
竜飛海底 09:42
竜飛海底 12:32 快速 海峡4号
青森 13:35
青森 14:04
秋田 17:21
秋田 17:25 快速 こよし4号
酒田 19:04
酒田 19:59
村上 22:22
村上 22:31 快速 ムーンライトえちご 5号車6番A席
新潟 23:28

1999-10-08
新宿 05:10

ただし、計画にはいくつかのオプションを用意していた。
また、実際は上記の計画通りに実行できたわけではない。

1999-10-02 Sat.

旅の初日。

自宅の最寄り駅へ向かい、改札口で「鉄道の日きっぷ」の検札を受ける。
北を目指しいざ出発…、とは行かず、当時通っていた自動車教習所へ向かう。

この日は、初めての路上教習。
公道を走るのは、実に爽快である、とこの時は感じた。
未来ある若者ならではの、怖いもの知らずである。

教習を終え、一旦自宅へ戻り、冷凍食品のきのこ野沢菜スパゲティを食べる。
大型のリュックサックに荷物を詰め、旅立ちの準備をする。

16時。
今度こそ、旅立ち。
まずは、新宿へ向かう。

新宿駅のコインロッカーに荷物を一旦入れ、山手線。
乗り放題切符であることを利用し、これまで乗ったことのなかった鶴見線を目指す。

品川駅で乗り換え、鶴見駅。
鶴見線の改札口を抜けると、次に発車する列車は扇町行(あるいは大川行)だった。
とりあえず、それに乗る。

浅野駅で下車。
すでに日は沈みかけ、辺りは暗くなっている。
人影のない夕暮れの浅野駅にひとり、というのは、ちょっと心細い。
動き回らずに、次の列車が来るのをひたすら待つ。

15分ほど経つと、海芝浦行の列車が来た。
乗車した列車は工場地帯をゆっくりと抜け、海芝浦駅に到着。


一応、改札を出てみて、「公園」を散策。
することがないのですぐにホームに戻り、東京湾を眺める。
駅構内は少し汚いが、高速道路が美しく見える。

列車を1本やり過ごし、次の列車に乗る。
折り返し乗車を誰かにとがめられるかと期待していたのだが、そんなに暇な人はいない。
来たルートを逆にたどり、新宿へと向かう。

新宿駅で途中下車。
夕食を食べて、時間をつぶす。
頃合いを見て、コインロッカーから荷物を取り出す。


新宿駅、7番線。
ムーンライトえちご、村上行。
いよいよ、北を目指す旅が始まる。

1999-10-03 Sun.

高崎駅を過ぎたころ、空いていた隣の席に人が座った。

検札を受けると、車内が消灯される。
うとうととして目が覚めれば、越後湯沢だったり、長岡だったりした。

新潟駅に停車。
この駅で、進行方向が変わり、座席の指定は解除される。
海の見える側に席を移した。

とても寒い。
上着を一枚羽織る。
外は、荒波の日本海。
よく眠れなかったので、まだ眠い。

村上駅に到着。
乗ってきたムーンライトえちごは、この駅が終着。
これから普通列車を乗り継ぎ、日本海縦貫線を北上する。

羽越本線からの車窓に人の姿は見えない。
続いているのは、国道と海岸線だけだ。

酒田駅に到着。
待ち時間があるので、途中下車してみる。
駅前は、閑散としている。
今日が日曜であることも、人気がない理由のひとつなのだろう。
うどん屋に入り、肉うどんを注文するが、頼んだものがこない。
催促してやっときたが、上京して始めて頼んだ肉うどんの中身にがっかりする。
肉が牛肉ではなく、豚肉だったからだ。

旅立ちから半日、早くも心細さが襲ってくる。
新聞を買うと、東海村の臨界事故の続報が載っている。

次に乗る列車の座席は、横並びのシート。
走行音にも新しさを感じる。
もっと旧式の車両を期待していたのだが、拍子抜けした。

車窓には田園風景がつつく。
刈り入れは、もう終わっているらしい。

秋田駅に到着。
滞在時間短く、次の列車に乗る。

東能代駅。
事前の計画では、この駅で五能線の列車に乗り換える予定だった。
しかし、この日はあいにく強風が吹き荒れており、そのため五能線は不通となってしまった。
よって、足止めを食らう。



東能代の駅前があまりにもさみしいので、能代へと向かう。
しかし、能代駅前もたいして差はなかった。
寒さがよりこたえてくる。
時間の経過が実にもどかしい。

東能代に戻り、奥羽本線。
この辺りの列車のドアは、押しボタン式の開閉ドア。
慣れないシステムに、軽くとまどう。
車内の乗客を観察するに、若い人々に目立った訛りは見られない。

列車は少し遅れ、青森駅に到着。
途中下車する。
周辺を回るが、活気のかけらも感じない。
東京に済んでいると忘れてしまいがちだが、実際のところ、この国の多くの場所がこういった街であり、あるいは山村であり、あるいは田園である。

それにしても、本当に寒い。
途中で確認したら、気温が14℃。
昨夜の新宿の気温は、26℃だった。

夕食は、帆立焼き定食。

次の列車まで、駅の待合室で時間をつぶす。
しかし、酔っぱらいがうるさいので、待合室を出る。
運良くドトールを見つけたので、そこへ逃げ込む。
東京に出てきて以来、ドトールが唯一落ち着ける場所のようにも思えてくる。
こんなところにもドトールがあるとは。

港の方へ向かい、桟橋跡を見る。
故郷の門司港のことを思い出す。
圧倒的な静けさと、ほんの少しの駐車車両が、「ここは北の果てなのだ」という思いに駆らせる。
岸壁には、かつて青函連絡船として運航されていた八甲田丸が停泊している。
役目を終えた八甲田丸の名は、バス停の名に使われている。

海峡13号。
暗闇の青函トンネルを抜ける。
この旅は実に退屈で、決して楽なものではない、と悟る。
早く東京へ戻りたい、と、今日だけでも何度も思った。

函館駅に到着。
札幌行きの夜行列車、ミッドナイトに乗る。
今夜も、車中泊。

1999-10-04 Mon.

4時頃に目覚めると、東室蘭駅。
運転停車である。
僕は、いつの間にか北海道まで連れてこられていた。

6時にもう一度目覚めると、そこはすでに札幌市内だった。
初めての北海道。
とにかく大きさを感じた。
これまで見てきた街とは明らかに異なる街。
そういう印象がした。

札幌駅に到着。
駅の化粧室で顔を洗う。

札幌の街並みは全くの見慣れないものだった。
道幅が広く、空気が冷たい。
とても心地よい。



旧道庁、時計台、テレビ塔を見て、大通公園のベンチに座る。
いい街だ。
雪が降らなければ、住んでみてもかまわない、とまで思う。
トウキビを買って、その場で食べる。

列車に乗る。
景色が、本州のそれとはまるで異なる。
遠くまで畑が広がっている。
ふと、しばらく誰とも話していないことに気づく。
心細い。

札幌に滞在した時間を取り戻すため、滝川駅で特急列車に乗る。
この旅で初めてのスピードを感じる。

旭川駅に到着。
滞在時間は3分。
駅弁だけはしっかりと買う。

旭川からの列車からワンマンになり、車内アナウンスがテープで流される。
街の規模に不釣り合いな高架をやり過ごしたあと、先ほど購入した石狩鮭めしをいただく。

名寄駅で乗り換え。
車窓から見える、自然が大きい。
川に沿って線路と電線、人工物はそれぐらいしかない。
そしてとんでもない場所に駅が現れたり、駅舎が貨物コンテナだったりする。

音威子府駅で特急の待ち合わせ。
乗ってきた普通列車は1時間半待たされる。
駅前を見回ったり、駅に展示してある天北線の歴史を学んだりしてみたが、すぐに退屈し、列車の中で待機する。

ようやく列車は動きだす。
乗客は、僕だけ。

車窓から、放牧された牛の姿が見える。
夕焼けの手前に利尻島が見えてきた。
辺りはすでに暗い。

南稚内駅に到着したころには、真っ暗。
駅の近くに(おそらく国内最北の)ケンタッキーフライドチキンがあるのを発見。
ひ弱な都会の人間にとっては、ファストフードは本当に助かる。

聞いたことのない名前のコンビニに入ると、女性店員が驚愕の声を上げる。
リュックを背負った僕の姿を見て、都会に出た孫が戻ってきたと勘違いしたそうだ。
孫でなくて、すみません。

稚内のユースホステルに到着。
ユースホステルといえば相部屋だが、ここは個室で使うことができる。
料金の安さもあって利用することにした。
3日ぶりの風呂。

この旅のほとんどの時間は、つらさばかりを感じる。
もっと楽なものと考えていたけれど、結構な試練である。

しかしながら、もう到着してしまったのだ。
引き返すにしても、また同じ程度の時間を費やす必要がある。

1999-10-05 Tue.

7時20分。
ユースホステルを出発。
南稚内駅から、列車に乗る。



稚内駅に到着。
ついに国内最北端の駅へとたどり着く。
みどりの窓口で、帰りの分の「鉄道の日きっぷ」を購入。

バスに乗り、ノシャップ岬に到着。
利尻島や礼文島の他に、オホーツク海の向こうにサハリンが見える。
風がとても強い。

市街に戻り、稚内公園ロープウェイに乗る。
このロープウェイの山麓駅が、索道を含む国内最北の駅(当時)であった。

山へ登る。
見たことのない種類の風景だ。
鳥が羽ばたく音を立てながら飛んでいく。
発電用の風車が、音を立てて回転している。
風車は決して優雅なものではない。

山を歩いて下り、港の北防波堤ドームの方へ行くと、「'99宗谷路グルメまつり」というイベントが開催されていた。
実にラッキー。

蟹の鉄砲汁と、たこしゃぶを食べる。

この街では、老人と子供とはしゃぐ青年ばかり見かける。

バスターミナル。
ここからバスに乗り、宗谷岬を目指すことにする。

大岬行きのバスに乗り、40分。
宗谷岬に到着。
本土最北端に到達した。

宗谷岬牧場で、牛を見ながらステーキを食べる。

次のバスが来るまで、牧場にしばらく滞在。
着ぐるみを着て撮影している、いかにも旅行者風の人を見かけたが、近づくことすらしなかった。

岬からは、はるかサハリンを眺望できる。
売店の人に、折り返したバスにすぐ乗ればよかったのに、なぜすぐに帰らない、と言われる。

バスを長いこと待ち、ようやく来たバスに乗る。
車内には、高校生が多い。
耳に入ってくる話によると、彼らは近隣の教習所に通っているらしい。

昨日もお世話になったケンタッキーで、夕食。

暗くなったころ、ユースホステルに到着。

あとは、元来た道を帰るのみ。
そう思うと、実にほっとする。

1999-10-06 Wed.

早い時刻に出発。

南稚内駅から列車に乗る。
車窓からしばらく海を見ていたが、途中で眠ってしまった。

名寄で乗り換え、また眠る。
南稚内から旭川までは、5時間を要した。

駅ビルの中にある蜂屋というラーメン屋で、旭川ラーメンを堪能。
富良野線の発車時刻を待つ。

疲れた。
ここまでの最大の疲れだ。
ベンチはどこも空いていない。
プラットフォームに荷物を下ろし、その場に座り込んだ。

東京に戻るまで、あと2日もある。
早く東京へ戻りたい。
そんな気持ちばかりが溢れてきた。
一体、何のためにここへ来たのか。

多少混んでいた富良野線の列車に乗り、富良野駅に到着。
ここで当初の予定を変更し、富良野を観光することに決める。

麓郷へ向かうバスの発車は、1時間半後。
駅前をふらついてみるが、つまらない僕の目にひっかかるものは特になかった。

駅で1時間半待ち、麓郷へ向かうバスに乗る。
バスは長い間、砂利道を上っていった。

30分ほど乗車して、麓郷に到着。
僕の他に降りたのは、地元住民だけだ。

バス停からさらに30分歩くことになる。
角を曲がるのはたった一度。
あとは、まっすぐな道だ。
気が遠くなる。
僕の他に人の歩く姿はない。
数少ない観光客は、レンタカーでここまで来ているようだった。

何も考えずに歩くことにした。
畑からは堆肥のにおいがする。

ようやく到着。
確かにそこはドラマのロケ地であった。
とはいえ、ただログハウスが並ぶ森に過ぎなかった。
辺りはすでに暗く、丸太小屋の中は何も見えなかった。
それだけだ。
何の観光地化もされていない。

早々に立ち去ることにした。
道路に街灯がほとんどなかったこともあったので、暗さが増す前に戻りたかった。

麓郷のバス停に着いたのは、18時10分。
バスの発車時刻まで、まだ50分もある。
バス停の上の照明を除いて、辺りは真っ暗だった。

スーパーでカップヌードルを買い、それをゆっくりと食べて時間を稼ぐことにした。
時計を見ると、バスが来るまでまだ40分もある。
携帯電話を見てみたが、もちろん圏外だった。

バッグの中から本を出した。
バス停の明かりを頼りに、カミュの「ペスト」を読む。
ペストでは、ランベールが街を出ないことをリウーに告げるシーンであった。

寒さが完全に僕を支配する前に、バスがやってきた。
やはり、規則が僕を救う。

富良野駅に帰還。
コンビニでおにぎりとおでんを買う。
店員に「おにぎりを暖めますか」と尋ねられ、「ベタだな」と感じる。

待合室で夕食。
ここで誰かに襲われたとしたら、僕はひとたまりにもなく襲撃者の餌食となるだろう。

滝川駅を経由して、札幌に到着。
すぐに夜行列車に乗り換える。

1999-10-07 Thu.

函館駅に到着。
朝市へと向かう。
おいしそうな蟹を物欲しげに眺めていると、おばさんに試食用を分けていただいた。
朝食は、いくら丼。

海峡号に乗り、青函トンネルに突入。
途中の竜飛海底駅に降り立つ。



ケーブルカーで地上に上がり、青函トンネル記念館を見学。
近隣にある階段国道まで紹介してもらう。
津軽海峡に石川さゆりの声が響き渡る。

青森駅に到着。
我が心の支え、ドトールでミラノサンドAセットをいただく。

そのあとは、ひたすら列車を乗り継ぎ南下。
車内では、「東京に帰ったら、まず何をするか」ということばかりを考えていた。

途中酒田駅で降りて、喫茶店に入る。
夕食はカレーライス。
普段は漫画を読まないのだが、このときは何故か「愛と誠」を手にとって読んだ。

村上駅までたどり着き、ムーンライトえちご。
新宿行きの表示が、懐かしい。

なお、函館駅から村上駅のムーンライトえちごに乗るまで、僕と同じ行程で行動するカップルがいた。
途中から2人の間には見るからに倦怠感が漂っていたが、それは仕方のないことだと思う。

1999-10-08 Fri.

5時過ぎ、新宿駅に到着。

6時過ぎに、自宅近くの駅に到着。
帰ったら東京らしい食事を真っ先に取りたいという希望を果たすために、その足で松屋で牛焼き肉定食を食べる。

自宅に無事帰還。
やや熱めの湯を張ったバスタブに体をしずめ、1時間かけて体温を取り戻す。

※写真は古いネガフィルムをスキャンして取り込みました。黄ばんでいるのはそのせいかもしれません。