曇天の続き

2026-02-28 Sat.

相縺

2026-02-28

アニメ「クッキングパパ」を視聴。

さっき見たはずなのに、内容を思い出せない。
子供の授業参観に主人公が会社から駆け付けたり、主人公の母親がバスに乗って自宅に来たり、釣りに行って周囲の大人に魚をもらったり。
そんな話だったはずだが、ディテールが思い出せない。

自分には、「クッキングパパ」がまったく内容がないアニメのように見える。
最近「あたしんち」も見たけど、「あたしんち」にも内容があるように感じなかった。
こういう風にしか思えないところが、自分のよくないところの一つだ、という自覚はかろうじてある。
外で現れないように、気をつけたい。
きっと、何でも料理で解決してしまう「美味しんぼ」の見すぎなのだろう。

そんな僕でも、「クッキングパパ」のテーマソングには懐かしさを覚える。
オープニングの「ハッピー2ダンス」を聞くと、リアルタイムで視聴していたことを思い出す。
エンディングの「パパは何でも知っている」は、今の自分の年になると、こたえて聞こえる。
自分は、年をとっただけで何にも知らない。
むしろ、忘れていくばかりだ。

「パパは何でも知っている」を聞いていて、細川たかし「正調 おそ松節」を思い出した。
作詞・秋元康、作曲・三岳章の、「川の流れのように」コンビ。
リアルタイムでは平気だったが、今聞くと、会社員をこき倒していて、ひどい歌詞だ。
その当時は、歌詞にあるような暮らしをして、金を得ることができていたのだろう。
考えようによってはよい時代だったのかもしれない。
今、自分の周りにそんな人は見かけない。
同年代の人すらいなくなっているので、自分だけ取り残されているだけなのかもしれない。

「正調 おそ松節」は、「ドント節」のパロディなのだろうか。
「ドント節」の歌詞のような生活を送っている、ということには少し同意。

Link
2026-02-21 Sat.

水食

2026-02-21

映画「死に花」を視聴。

いつ、どういう理由でこの映画をウィッシュリストに入れたか、覚えていない。
レンタルDVDが配送されてきたので、見てみることにした。

始まりは、実に不穏。
ストーリー上なぜ星野真里が出てくるのか、星野真里にそんな格好させたのか、その辺は事情があると推察。

2004年作品で、撮影時にベテランといえる俳優が次々に出てくる。
映画監督という職業に就かなくてよかった、と安堵する。
とても、自分の責任で俳優を動かす仕事はできない。
一方、僕はITエンジニアという職業を選んだ。
アーキテクチャを選んだり設計したりして、不本意ながら利用者の方向性を制御する羽目になっている。
それでも、ITエンジニアがいじるのはコードであり、人を直接に動かそうとするシーンは少ない。
確かに、コンピュータが言うことを聞かず、必要以上の時間を費やすことはある。
でも、この時代において、その原因のほとんどは、自分が出した命令の拙さにある。
筋の通ったことを言えば、コンピュータは話を聞いてくれる。
サーバのご機嫌をうかがう必要は、(あまり)ない。
映画監督と比べれば、ITエンジニアは気楽なものだ。

話は進んで、森繁久彌が出てくる。
役として白寿を祝われた森繁は、ほとんどしゃべらない。
遺影の藤岡琢也がピアノを弾き、北村英治カルテットの演奏で、高齢者がダンスする。
ある種の映画によくある、右から写される俳優のワンショットがところどころ差し込まれる。
この辺りで、僕は頭を抱えた。

ただ、そのあとは展開があって、終盤に差し掛かるまで時間を気にすることはなかった。
話の終わらせ方が非現実的で、「そばを通っていた車は、変化に気づかないのか」「ルパンでもこんな話あるか」などとは簡単に言える。
でも、これは映画だし、往年の俳優が顔をそろえているのだから、荒唐無稽であっても成立していると思う。
もっとも、これが洋画だったら、事情が分からずもう少し文句を言うかもしれない。
原作小説が同様の感じだったら、読まないだろう。

結局、おもしろかった。
監督の名前で映画を評するのは好ましくないが、やはり名前は信じていいのだろう。
映画のシーンに感化され、早速、冷蔵庫に缶を詰め込む。

Link
2026-02-14 Sat.

霞実

2026-02-14

2025年の確定申告を、終えた。
例年通り、国税庁のサイトを使って申告した。

前年の譲渡損失を繰り越すために、本年受け取った国債の配当明細を転記した。
手間のかかる作業だった。
これで、譲渡損失はすべて相殺された。

マイナポータルの連携を用いることで、本年は特定口座と医療費の情報が自動入力された。
怖いと感じる気持ちもあるけれど、これが本来あるべき姿なのだろう。

前年に比べ、基礎控除が増えている。
基礎控除の増加分に所得税率をかけた額が減税となったはずだ。
諸般の事情から、具体的な額はここには記載しない。

減税分だけ可処分額は増えた、はずだ。
実感がないのは、自分の帳簿のシステムに原因がある。
帳簿をよく見返せば、確かに余裕が生まれている箇所があった。
そしてその余裕は、すでに何かに費消されている。

前年は定額減税があったため、所得税額はむしろ増えている。
恩恵があったはずだが実感がなく、実感がないから税額が増えていることにも無頓着である。
情けない納税者だ。

いや、「恩恵」などという言葉を選んでいることこそ、本当に情けない。
定額減税を選んだのは、私たちの代表者、つまりは私たちである。
「恩恵」などではなく、自分たちの意思による配分である。

Link
2026-02-08 Sun.

白魔

2026-02-08

これは、歴史的大惨敗だ。

行政書士試験の採点結果が出た。
事前の自己採点で、合格には記述式の問題で半分程度の得点が必要、とわかっていた。
記述式の採点結果は、60点満点中2点。

ひどい。
もう少し取れているつもりがあった。
合格した受験番号のリストを見ると、自分の周辺の50人分くらいの番号が欠落している。
こんな偏った分布があるだろうか。
もしかして、採点に誤りがあったのか。

改めて自分の解答と、発表された解答例を見比べてみる。
問1は、ポイントは押さえているように見える。
ここで点を得ているとして、なぜ2点だったのか、納得がいかない。
一方で、問2、3は、記述はしたものの、当たり障りのない解答にとどまった。
解答例と見比べると、キーワードを書ききれていない。

仮に、問1で20点取れたとしても、問2、3での得点はないと思われる。
これでは、合格点には届かない。
当然、採点の誤りなどなく、結局実力不足でダメだったのだ。

記述式の得点は、前回を下回った。
択一・選択式も同様に、前回を下回っている。
繰り返し受験している試験で得点が下がることは、これまでほとんど経験してこなかった。
今回は学習を積み重ねての結果であることをふまえると、端的に言って「もうダメ」かもしれない。
衰えてきたのだ。

随分と考えたが、やはり次回もチャレンジしようと思う。

これまで得点方針について、「基礎知識でクリアの最低限の得点を取り、残りを法令科目で補う」と考えてきた。
この考え方を改める。

基礎知識は、満点を目指す。
とは言っても、必ずどこかは間違うので、14問中11問の正答を見込む。
残りは、択一・選択式の得点のみで合格圏内に入ることを狙う。
具体的には、184点中48点の誤り、4点問題に換算して46問中12問の誤りに留める。
記述式は0点を覚悟する。

今回の試験を振り返ると、行政法はまだ得点できている方だった。
民法がひどく、半分以上間違っている。
この程度の実力しかないので、記述式の点数にもつながらない。
憲法は半分程度の正答、商法もよくない。

まずは、民法を基礎からやる。
初学者であることを自覚し、行政書士試験のテキストに頼らず、もっと易しく、根本から説明しているテキストに複数当たることにする。
憲法は、条文が読み込めていないので、そこから始める。
多肢選択式は、文章になじめていないので、数をこなす必要があるだろう。
行政法は、得意科目となるよう、条文と見比べながら知識をモノにし、ひっかけ問題に強くなる。
一方で、商法と法学は、優先度を落とす。
記述式の対策がおろそかになるが、知識を身につける過程で、対応するための基礎体力を身につけることを狙う。

11月の試験まで、およそ40週。
長い道のりで、障害も多いことだろう。
学習が途切れないよう、心がけたい。

Link
2026-01-31 Sat.

生捕

2026-01-31

映画を見てきた。

歩いて1時間ほどの場所にある映画館。
この頃の映画の鑑賞料金は軒並み2K円以上だが、安く購入できる手立ても用意されている。
ここもそうで、オンラインサイトで電子チケットを購入すれば、窓口で買うよりも500円安い。
これが面倒で、映画を見に行かなくなりそうになる。

オンラインサイトで映画鑑賞の予約までできるのだが、あえてチケット売り場へ行く。
座席は半分ほど埋まっているとのこと。
席を指定するように言われるが、これが苦手。
どこで見てもはずれのような気がするし、どう選んでも、横に人がいたり、前にいびつな形の頭をした客がいたりするような気がする。
ここは古くからある映画館で、維持費確保のために、最近クラウドファンディングを募っていた。
小銭入れにあるだけの一円硬貨を取り出し、募金箱に放り込む。

上映時間まで時間があり、街を歩く。
この辺りは徒歩圏内だが、来る機会は少ない。
駅前にあった10階以上の建物が、解体で半分ほど姿を消している。
その向かいの建物は、以前商業施設が入っていたが閉店した。
そこに別の商業施設が開業する予定だが、理由不明のまま延期されている。
少し先にある書店は、閉店していた。
代わりに、トレーディングカードの対戦場ができている。
昔からあった総合スーパーは退去し、完全に空きビルになっていた。
缶コーヒーを買うために、コンビニエンスストアに立ち寄る。
冷たい缶コーヒーの品ぞろえが少ししかない。
この時期だけ拡声器を使って呼びかけてくる人たちがいる。
この時期だけであれば、我慢する。

上映時間になり、映画館に戻る。
館内に入ったのが1分前で、通路側の客に立ってもらうようお願いし、真ん中の席に着く。
やはり、隣に客がいる。

映画「旅と日々」。
三宅唱監督。
この映画を見るにはふさわしい映画館と言える。

前半パートは、情けないことに、ずっと河合優実の姿を見ていた。
ただ1か所、「水平線までの距離」を差し込んできたのには「なんだよ」と思った。
でも、これは映画の中の映画でのシーンであり、つまりはそういう演出である。

見終わり、映画の感想が全くない自分に驚いた。
振り返るに、見ている最中は、ユーモアを感じ続けただけだった。
原作は見ていないが、つげ義春作品であることも、その理由の1つなのかもしれない。
ロビーで、中年女性の方々が「堤真一はどこに出ていたのか」を話し合っていた。

チョコレートフェアをやっていて、人が多い。
一方僕は、小樽海産物フェアに立ち止まり、つぶ貝の昆布漬けを買う。
店員に「皿にとり、ごま油を垂らして食べるとおいしいですよ」と言われる。
早速、自宅で実践。

Link
2026-01-18 Sun.

回帰

2026-01-18

2025年末、デスクトップPCを購入した。
ノートPCからの移行作業を続け、やっと落ち着いてきた。

スペックは以下の通り。
CPUは、Intel Core5 210H、Raptor Lake。
「Hだけど、性能は高くない」という記述を見たことがある。
4コア2.2GHz、4コア1.6GHz、ターボ・ブースト付き、12スレッド。
書いてはみたものの、意味は不明。

メモリは、8GBが2つ。
どういうメモリかは知らないし、どういうメモリか分かったところで、何もわからない。
16GBに換装することも可能らしい。

SSDが、512GB。
「PCIe NVMe/M.2」とあるが、「はあ」としか言えない。
M.2 2242が1つ空いている模様。

2.5GBASE-T、Wi-Fi7、Bluetooth 5.4。
Display Port、HDMI 2.1。
前面に、USB3.2がType-CとType-A、コンポジャック。
後面に、USBが3つ。
筐体は250mm四方の厚さ150mmで、机上のディスプレイの下に設置した。

このスペックで、2035年までの10年間を乗り切るつもりだ。

出納帳の記録にスプレッドシートを使っている。
30年前にMS-DOSで動くLotus 1-2-3を使ったのが、最初だ。
1-2-3をどうやって入手したのか、記憶がない。
その後、Microsoft Worksを経て、Excelを使ってきた。
Office2019のサポートが切れ、オンライン版のExcelにスイッチした。
自分の使い方程度であれば、今のところ特に支障がない。
年末の決算や、年始の転記という複雑な作業も、オンライン版で乗り越えることができた。
Excel以外のソフトを使うこともない。
この先不便を感じるようになれば、Libre Officeの導入を検討したい。

テスクトップPCのOSをWindowsにした最大の理由である、iTunesをインストールした。
コンポジャックとコンポを常時接続し、音楽を聴くようにしている。
伝聞によると、Windows Media PlayerのCD曲名自動取得機能が年末から停止しているらしい。
iTunesでこの機能がなくなったら、結構困る。

Obsidianで日誌を付けるのは、継続。
2026年になって、Obsidianで保存されるファイルの改行コードがLFであることに気づいた。
この日記はWindowsで書いており、改行コードを「CRLF」にしてきた。
もはやWindowsにおいても、テキストファイルの改行コードは「LF」にしていいのではないか。
なので、「dos2unix」コマンドを使って、改行コードを少しずつ改めている。

これまで使っていたソフトウェアでしか読めないファイルの存在には注意を払わなければならない。
保有するファイルのほとんどがテキストファイルであるはずで、メールなどのオープンフォーマットも当面は大丈夫だろう。
今回の移行では、年賀状作成ソフトの住所録をCSVに変換した。

日常の作業はデスクトップPCで行う。
ほとんどの作業は、Obsidianとエディタ、そしてウェブブラウザで済む。
ソフトウェアを導入する動機が少ない。
試用版のウィルスバスターを消し去るのに、少し苦労した。

これまで使ってきたノートPCには、Ubuntu Desktopをインストールした。
バージョンは24.04。
もうすぐ、新しいLTSがリリースされる。
USBメモリを使ってインストールした。
ものすごく簡単だった。

デスクトップの操作方法は、Windowsに近い。
ソフトウェアのインストールやアップデート、ファイルの扱い方も、以前と比べればWindowsに寄せている部分が多いように思う。
不自由なく使えている。

Ubuntuマシンはプログラミング用とし、早速Visual Studio Codeをインストールした。
複雑すぎるツール群の出現についていけず、しばらく開発から離れていた。
このところ、Git、VSCode、uvと、使い方がシンプルなツールがそろってきた。
実装も、例えばPythonで作ったモデルをFastAPIでアクセスできるようにし、Docker上で動かす、クライアントはReactで実現、みたいなところに落ち着いてきたようだ。
学習を再開するにはいいタイミングかもしれない。

Link
2026-01-10 Sat.

陋狭

2026-01-10

2025年の出納について、振り返ってみる。

まずは、収入。
ありがたいことに、2025年も安定した給与収入を得た。
現状維持できたことに、感謝をしたい。

公的負担は、所得税が少し下がったのではないかと、昨今の報道の様子から感じる。
感じるだけで、確かめてはいない。
確定申告の際に確認することにしよう。

生活費は、大きく増えた。
特に、食費は予算を超過した。
不足を補うために、COVID-19の際にたくわえた余剰を年末までにすべて放出した。
当時、飲食業界を助けるような寄付の呼びかけがあったと記憶する。
僕のような恩知らずで甲斐性のない人間は、人を助けるより前に、他人に迷惑をかけないよう自分の身を保つ必要がある。
未来の自分を救うことを考えなければならない。

生活費が足りない主たる原因は、物価が上がったことだろう。
一人暮らしを始めて以来、数年前まで物価の上昇を感じたことがなかった。
むしろ、物価は下がっていくものであり、それがもしかして健全なのかもしれない、という錯覚すらあった。
物価が上がる世界に慣れるのも必要だと思う。

必要な買い物も多かった。
同時期に、靴を3足買った。
ベルトも買い替えた。
ジャケットも買った。

宿泊を伴う旅行に3度行った。
その他にも、日帰りの遠出を重ねた。
細かい外食も多かったのだろう。

勢い余って、PCを買ってしまった。
久しぶりの、想定外の大型出費だった。

際限なき出費のため、有り金はほとんど使い切ってしまった。
結果、年間の営業利益は120ドル。
把握していない利益があれば、「KBC ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」に協力する。

諸般の理由から、数年来続けてきた個人向け国債変動10年の購入をやめ、代わりに固定5年を買った。
利用している証券会社では、既発の「30年国債」を売り出している。
3%を超える利回りに、暗い未来が待ち構えているような気がして、絶望しか感じない。

それ以外は、相変わらずの、つまらない「プログラム投資」。
2026年の投資活動も、2025年末ですでにやることを終わらせてしまった。
2027年にはiDecoの限度額が上がるようだが、僕にはもう残された時間がないし、そもそも賭場に張る現物も乏しい。

2025年4月ごろ、視界が真っ赤に染まり灰色に変わるほどの損失が出た。
精神をまともに保つことができないまま、今に至る。

生活費が足りないため、旅行と移動、医療にかかわる出費は、貯金を切り崩してまかなった。
2026年からは、上記に加えて、服飾費についても、貯金を充てる予定だ。
実に無残だ。

出納の管理について、2025年は大きな変化があった。

10年ほど使っているコードバンの財布は、まったくくたびれない。
「もしかしたらもう財布を買わないかもしれない」とまで思っていた。

そのコードバンの財布の「厚み」が気になり始めた。
コードバンなので多少の厚みがあるのは当然だが、厚みの原因が「小銭入れ」の部分にもあることに気づいた。
キャッシュレス決済が全体の9割を占める現状において、財布に小銭入れが付属している必要性はほとんどない。
とはいえ、現金しか使えない店もあり、お釣りとして硬貨を受け取る機会もごくまれにある。
その硬貨が、使われないまま滞留する。
小銭入れの箇所の元々の厚みと、持ち運ぶだけで使われない硬貨の重なりで、財布が膨らむ。
それで、ズボンのポケットが膨み、シルエットが崩れるのが我慢できなくなってきた。

そんな思いから、今の財布に代わるものがないか、探していた。
2025年になり、財布売り場で、二つ折りで小銭入れのないタイプの財布を数種類見かけるようになる。
時代の需要に、供給側がソリューションを出してきたのだろう。
店に何度も足を運び、熟慮を重ねた結果、子牛の革の薄い財布を購入した。
コードバンと比べて材質としては真逆の選択となったが、「キャッシュレス時代にあった身軽な財布を」が買い替える理由だと思い当たり、これに決めた。

この財布と別に、「矯正展」で見つけた300円の革の小銭入れを購入した。

財布を買い替えた結果、現金の運用を以下のように改めた。

二つ折りの財布はズボンのポケットに入れる。
普段はほとんど、スマートフォンによるキャッシュレス決済。
受け取ったレシートを二つ折り財布に収納する。
現金で購入する場合は、二つ折り財布の紙幣で決済する。
お釣りの硬貨は、カバンにしまってある小銭入れにそのまま入れる。
小銭入れから硬貨を出して決済することはない。
小銭入れがいっぱいになったら、銀行のATMで口座に預け入れる。

40年続けてきた「硬貨の数量管理」をやめ、小銭入れの中の硬貨の数を数えないことにした。
「この年齢になってまだ財布の小銭を数えていたのか」とあきれられても仕方がない。
これまで、手持ちの現金を1円単位まで数えることで、出納帳の勘定と合わせて、記載ミスがないことを確認してきた。
それを、硬貨の単位であれば、多少合わなくてもよいことにした。
そもそも、キャッシュレス決済で記帳漏れしているものもあるはずだ。
硬貨の管理を厳密にやる必要はなくない、とようやく気付いた。

キャッシュレス決済の支出額は、債務であるカード残高に移している。
クレジットカードの引き落としや、(めったにないが)現金から電子マネーのチャージがあれば、カード残高から差し引く。
記帳が正しければカード残高は一定の水準を保つはずだが、実際は増える方向に動く。
ポイントによる決済を支出として記帳し、残高をカード残高に移しており、それがカード残高を増加させる要因だ。
2025年から、カード残高の余剰を暗号資産に回している。
暗号資産を「デジタルゴールド」としてとらえることにしたのだ。

今後の収入増は一切見込めない。
資産を切り崩していくばかりだ。
そして、時間はあるが、気力がない。

生活費や遊興費、交際費はこれからも稼ぐ必要はあるだろう。
だが、自分に残された時間で読むことができる書籍のすべてを買えるくらいの貯金は、もう既にあるのかもしれない。
そんなことをぼんやりと思った。

定時までに仕事を終わらせ、手っ取り早く稼くために、仕事術や時間術の本を読んできた。
IT関連の書籍についても、仕事で役立ちそうなものを選んできた。

でも、僕に対する仕事上の要請は減る一方で、「お呼びでない」シーンが増えてきた。
技術を磨いたとしても、それを発揮する場所も、発揮を期待されることも、もうないのだ。

今後は、読んで楽しい本だけを手にし、それらを読むために時間を使えばいい。
どちらかというと時間の確保が大事であり、予算の心配はもういらない。

そうはいっても、気は抜けない。
数年前「これだけ貯金があれば、文庫本なら値段を気にせず買えるようになったかも」と思ったものだ。
今は1K円超の文庫本も多くあり、買うのを躊躇してしまう。

Link
2026-01-04 Sun.

微動

2026-01-04

2025年年末から2026年年始を振り返ってみよう。

26日金曜、午前に仕事を終えた。
13時過ぎに韓国料理店に入って、食事。
周囲は、女性客ばかり。
この時間の客たちがどのような暮らしをしているのか、想像力の外にある。

この日の朝、ウェブサイトで、本日公開の映画「白の花実」を発見した。
「ファントム・ファンタジー」という宣伝文句に、「これこそが求めていたテイストである」と興奮。
時間も合ったので、見に行くことにした。
場所は、新宿武蔵野館。
直近、ここで映画を見たのがいつなのか、記憶がない。
もしかしたら、21世紀になって始めてかも知れない。

映画の感想は、「そんなにうまいこと見つかるかね」とか「だったら、そんなところで言うかね」とか思った。
自分の期待が勝手なものであることを思い知らされ、反省しきり。
事前に「1999年の夏休み」のことを考えすぎてしまった。

昔は、「映画を見に行きたくても、金がない」であった。
それが「時間がない」に変わり、今は「金も準備できるし、時間も作れるけど、これに2K円も払うか」と思うに至る。
心が貧しい。

映画を見た後、コーヒーショップで、年内の日誌を読み返した。

27日土曜、3時30分に起床。
返却期限が迫っていたDVD「北野ファンクラブ2」を視聴。
少し眠って、ノートPCにUbuntuをインストール。
その間に、年末のルーティンとして、酒店に行く。
今回は、「桂月 吟之夢 純米吟醸55」を購入。
少し歩いた先にある店で、落花生を購入。
書店で立ち読みして、図書館の本をピックアップ。
帰宅して、シャツにアイロンをかける。
夜は、「路線バス」を前半だけ見る。
大友加恋が出ていた。
昨日の映画の池端杏慈といい、僕は歴代の「高校サッカーマネージャー」がいつまでも輝き続けることを信じている。
だからこそ毎朝、脳トレを兼ねて、初代から21代までの名前を唱えているのだ。

28日日曜、8時起床。
部屋の片づけと掃除をして、Ubuntuのセッティング。
「路線バス」を見て、引く。

29日月曜、8時起床。
近所のドラッグストアまで散歩し、日用品や酒、菓子などを買う。
「ザ・イロモネア」を途中から見て、この日は終わり。

30日火曜、8時30分起床。
コーヒーショップで、メモの整理。
浅草に移動して、甘栗を購入。
そのまま、スカイツリーの下まで散歩。
天ぷら屋で、飲み物と食事。
夜は、「レコード大賞」。

31日水曜、7時起床。
朝は、NHK追悼番組を視聴。
午後、近所を散歩。
この辺りは区画整理が行われたため、様子が変わってしまった。
以前の道がどうなっていたか、思い出せない。
モスバーガーでシェイクを飲み、読書。
カズオ・イシグロ「わたしたちが孤児だったころ」を読み終わり、年内の読書をしまう。
夜は、「紅白歌合戦」。
ミヤクミャクと布施明、ミッキー吉野が印象的。
「瑠璃色の地球」はよかったな。
ハプニングのある進行を好む。
紅組に投票。

1日木曜、8時起床。
「爆笑ヒットパレード」を視聴しながら、事情があってPAO~Nおせち。
缶がするする進んで、放送後にTVerで起床前のパートを見ていたら、記憶を失っていた。
目覚めると、太ももの裏側がしびれるように痛い。
この日は、18時に就寝。

2日金曜、7時起床。
「箱根駅伝」往路をスタートからゴールまで視聴。
「さんまのまんま」特番を見て、「爆笑ヒットパレード」「ザ・イロモネア」の未視聴パートを見て、1日が終わる。

3日土曜、8時起床。
「箱根駅伝」復路をスタートからゴールまで視聴。
富士山の遠景が印象的だった。
「笑いの殿堂」を少し視聴。
なんばグランド花月、角座の中継コントに大笑い。
「モヤさま」年末回を見た後、「笑ってコラえて」のさんまさんロケを視聴。

4日日曜、7時30分起床。
NHK ONEで「紅白」振り返り特番を視聴。
30日、31日で「お墨付き」を認識し、年明けに話題をネタにする、という見苦しい行為をこらえねば。
ニュース速報で、飛翔体。
年明け初めて外出し、近所を散歩、今夜の飲み物を購入。
1年で最も楽しみにしている番組、「芸能人オールスター草野球」を視聴。
このメンバーを「オールスター」と称しているのが、すごい。
有吉完投、ジョニ男さんの打撃が練習によって向上していることに、感動。
夜は、「気分は上々」特番を見て、「酒場放浪記」特番を2軒視聴。
年末に買った瓶は、結局未開封。

「芸能人駅伝」もタモリ・鶴瓶特番も、今年はなかった。
読売テレビ浜ちゃん特番も、なかった。
いつの間にか、井上真央の出演もなくなっている。

2026年。
その響きは、未来すぎる。

Link
2025-12-31 Wed.

薄信

2025-12-31

昨夜、夢の中で「宝くじの「組」はどのように抽選されるのだろう」という疑問を持った。
年末ジャンボ宝くじは1組10万枚で、6桁の数字の先頭はすべて「1」である。
十万・万の位の的は10個に塗り分けられており、「10」~「19」の数が書かれている。
一方で、組の的は2つで構成されていたはずだ。
一の位は、「0」~「9」の10個に塗り分けられている。
では、その上の位はどうなっていたか。
組は100組から始まっていて「10」~「19」の10個に分かれているのだろうか。
確か、1桁、2桁の組があったような気がする。
そうすると的の数字は「0」~「9」の10個だろうか。
でも両方とも「0」が出たらどうするのか。
「0組」という番号の宝くじは、なかったように思う。
両方とも「0」が出た場合はやり直し、というのも、不公平だ…。

気になってしまい、昼の番号抽選番組を見てしまった。
小池百合子都知事、林芳正総務大臣が、矢を放つボタンを押す係を担当していた。
大晦日にもかかわらず、どちらも朗らかな対応をされていた。
年末ジャンボ宝くじの番号は、1組から200組まである。
組の百・十の位は、「0」~「19」の20か所に塗り分けられている。
2025年の1等の抽選は、組の百・十の位の的に矢が刺さらなかった。
仕切りの金属板に当たったのだ。
これでもう1度やり直し、でも番組の尺には十分に収まった。
今年もくじは当たらなかった、当せん金を受け取る準備はずいぶん前からできているのに。

結局、疑問は解けていない。
組の数字が2つとも「0」であった場合、おそらく「200組」とみなすのだと思う。
これで、中山秀征も納得するだろう。

さて、2025年は、フルスペックな1年だった。

旅行に3回出かけた。
岐阜と、唐津と、長野・新潟。
休暇を取って遠出もした。
小田原と、宇都宮。
映画館で映画を3本見た。
「天国の日々」、「ルノワール」、「白の花実」。
ミュージアムに行った。
東京国立博物館、松永記念館、浦安市郷土博物館、名護屋城博物館、大森海苔のふるさと館、日本民芸館。
資格試験を受けた。
税理士試験、行政書士試験。

金はすっかり使いきってしまった。
外食がかさんだし、酒もつまみも買った。
必要な物の買い物も多く、PCも買ってしまった。
2025年の「ベスト・バイ」は、ノートPCの電源入力をUSB給電に変換するアダプタ。
存在を知って、すぐ購入。
1K円の出費で、快適な生活が実現した。
もう1つは、近くのスーパーで見つけた、かぼす果汁。
2025年でよかったと思える記憶は、名古屋で食べたきしめんと、呼子で食べたゲソの天ぷら、新潟で食べた味噌ラーメンがおいしかったことだけ。

記録によると、本を135冊読んだ。
「マイストーリー・マイウェイ : べった野球人生 カズ山本自伝」をようやく入手することができた。
「サラ金の歴史」、「ザ・芸能界 : 首領たちの告白」、「フジテレビ・全仕事」、「適当日記」、「ファイナンス理論全史 : 儲けの法則と相場の本質」、「春にして君を離れ」、「わたしたちが孤児だったころ」が印象に残る。
読んだ先から内容を忘れているようで、記録では1か月前に読んだことになっている本にいたっては、内容はおろか、手にした記憶すらない。
それも「時間の使い方」に関する本で、もはや救いようがない。
2025年に登録した本だけでも500冊以上リストに載っていることがわかり、うんざりした。
Kindleには、未読の本が60冊以上ある。
これ以外に、「ゴルゴ13」が100巻残っている。
結局、時間と気力が足りない。

2025年の重大ニュースを挙げる。

  • 北九州市、60年ぶりに社会増
  • プリンセス天功、埋蔵金を仕掛ける
  • 新垣里沙、アパレル運営休止
  • 芸能史上、最大の事務所独立失敗劇
  • 生島ヒロシ、せんだみつおのメールに痛散
  • 華原朋美、7年ぶり全国ツアー
  • 上條恒彦、下条アトム、電気毛布
  • 沢木美佳子、問題読みで「玉袋筋太郎」
  • 翠CM、夏帆から杉咲花に変わる
  • 辻希美、継続
  • 福田典子、ただよう
  • キャンディ・H・ミルキィ、亡くなる
  • 「東京サイト」、終わる
  • 今思うと、水沢アキの話を聞いておけばよかった
  • 取締役就任活動
  • 永野芽郁、追い回される
  • 佐藤和奏、のりのりタイムズ
  • 春乃きいな、九州大学を卒業
  • 鈴木もぐら、大阪芸大入学時、寝台急行銀河で移動
  • 西内まりや、引退
  • 聡ノ富士、引退
  • 箕輪厚介、Switch失敗で意味不明
  • 錦織圭、フリの効いたコリン
  • 原幹恵、結婚したらしい
  • 門司で手りゅう弾発見
  • 広末涼子、油絵に挑戦
  • 福岡市、落とし穴だらけ
  • 川崎理加アナ、引退報道
  • エド・シーラン、大江戸線スタンプラリー
  • 今田美桜の事務所、果敢にチャレンジ
  • アーモンド効果CM、松島花から松嶋菜々子に変わる
  • Yes!アキト、トリプルパチンコ開発のために活動休止
  • 田中麗奈さん、「ぽかぽか」でロングブレス実践
  • ME:I、4人脱退
  • 海老名香葉子、ついに亡くなる

最も印象的な出来事は、中山秀征の妻の和装である。
中山秀征の芸能生活を象徴するような、TV界の到達点を表すような出来事であった。

佐々木ほのかと一ノ瀬瑠菜に翻弄された。
内田有紀の実妹について、僕はむしろ受け入れる側に立つ。

どうでもいいけど、裏で処理されていたことが表に出てくるようになった気がする。
いったん公開し、メディアを介して世間を巻き込み、事を進めるようになったのだろうか。
直接話せばいいのに、と思う。

年が近いのもあり、大宮エリーの訃報にはショックを受けた。
長く見てきた遠野なぎこの旅立ち方に、言葉を失った。

仕事は、「何かしただろうか」という感じ。
地味で厄介で意味不明で引き受け手のいない案件が数件、終末的に僕のところにやってくる。
手を動かすことはほとんどなく、荒唐無稽に思える話を聞き、不甲斐ない自分の実力不足を訴え、幽霊の存在を否定し、現実に向き合う。
コンサルティングをしているのか、カウンセリングを受けているのか、よくわからないことをした。
あとは、下ごしらえしたり、担当者を鼓舞したり、路地で迷っているのを案内したり、など、営業活動に示しがたい貢献をした。
体力と集中力が失せた年齢に相応した仕事にシフトしてきたのだろう。
早晩、することがなくなると思う。

飲んだ酒が翌日にも残る。
左の手足がずっとしびれているような気がする。
首の後ろと左肩が相変わらず痛い。
「冬なのにセミの鳴き声がする、それも西のほうのセミ」と思ったら、耳鳴りだった。
恒常的な耳鳴りのようで、ずっと鳴っていたのに気づかなかっただけ、にも思える。

体の変化以上に心配で深刻なのは、自分の頭の具合だ。
周囲の刺激にこれまで以上に敏感になった。
それなのに、周囲の様子に気がつかないことも多く、危ない目に何度もあった。
そもそも自分についての自信はなかったが、長年気づかなかった自分の一面に改めて気づかされ、暮らすのがほとほと嫌になった。
「自分は誰からも受け入れられない」という思い込みが一層強くなり、そういう自分に自分自身が付き合いきれないでいる。
共感の訓練を怠っているのだろう。

Bonnie Pinkの「Tonight, the Night」を聞いて、これまではここに留まる気力を取り戻すことができた。
でも先日、今年86回目のドトールで「Tonight, the Night」を聞いた際、自分の本当の希望が見当たらないことを思い知った。
もっともっと、シビアにコンパクトに、突き詰めて自分をとらえてみたい。

このサイトを始めてから、25年が経過した。
考えていることの把握が進んだ、という実感はある。
その一方で、このような自分の「落ち着き場所」が世界のどこにも見つからない。
それが当然であることを受け入れようとはしているのだが。

Link
2025-12-30 Tue.

大枚

2025-12-30

これまで、プライベートのメイン機として、PCを5台買った。

最初に買ったのは、1994年。
NECのPC-9821 MATE Be。
父の知り合いにNECに勤めている人がいて、そのつてで安くしてもらったのだが、ディスプレイとプリンタを含めて300K円以上した。
親に買ってもらったが、どういう経緯で買うことになったのか覚えていない。
自分から購入をねだったわけでもなかったと思う。
子供への教育投資のつもりだったか、と推察する。
実際、このPCでプログラミングを始めて、それが今の仕事についたきっかけの1つにはなっている。

それから、メイン機は、1999年、2006年、2013年、2019年と買い替えてきた。
サブ機としては、2002年にFIVA、2003年にシグマリオンIIIを買った。
それ以外に、パッドとスマートフォンを数台買った。

直近のメイン機は、2019年に買ったHPのノートPC PAVILION。
広末涼子の国文学科らしい文筆報道を見て興奮したはずみにカバーを開きすぎてパーツが折れたのを除けば(修理した)、問題なく使えている。
それでも買い換えることにした。

2006年に買ったLet's Note以降、メイン機はノートPCとしてきた。
でも、ほとんど自宅のデスクだけでしか使わず、机上のディスプレイにHDMIでつないで作業してきた。
気づかないふりをしていたが、ディスプレイにつないだノートPCは手元を専有し、やはり邪魔だ。

同時に、「Windowsって、必要?」という疑問にとらわれるようになった。
PCにおける作業のほとんどは、ブラウザ内で完結している。
ファイル操作はWindows以外でも動くソフトウェアで済みそうだ。

突き詰めて考えると、今使っているもののうち、Windowsでしか動かないソフトウェアは3つしかない、とわかった。
そのうちの1つが、iTunesだ。
「macOSもあるけど」という声は無視して、オールドテクノロジーに染まりきった僕はCD購入を30年以上続けており、大量のデータを持っている。
データを管理するには、iTunesは便利だ。

データはノートPCに入りきらず、外付けのSSDに入れている。
だから自宅で音楽を聞くには、まずノートPCにSSDをつなぎ、オーディオ出力からスピーカーにつないで、iTunesを開く必要がある。
これが面倒で、気軽に音楽を聞く環境ではない。

そこで今回、デスクトップPCを買うことにした。

ネットで検討して、Lenovoの小型PCを選んだ。
実家に買い与えたPCもLenovoであった。
値段は80K円、まあギリギリ手の出せる価格と言える。
行政書士試験が終わった勢いで、あまり考えることなく買ってしまった。
このPCを少なくとも10年は使い倒したい。

PCの名前は、COSA NOSTRAの作品名から取ることにしている。
「Raise Your Hand」と命名した。

OSは結局、Windows11にした。
やはり、iTunesを手放すことはできない。
デスクトップPCに常時SSDとスピーカーをつなぎ、音楽を流しやすい環境を整えた。

約25年、Excelで小遣い帳をつけてきたが、Office 2019のサポートが切れたのを契機に、新たなOfficeを買わないことにした。
代わりにウェブ版のOfficeを使っているが、今のところ問題はない。
困ることがあったら、LibreOfficeを使おうと思う。

PCを買ったのはもう1つ理由がある。
それは、ノートPCを空けたかったからだ。
ノートPCにLinuxを入れ、プログラミング専用機とすることにした。

飽きっぽい自分でも時間を忘れてやってしまうことが3つあり、それは、読書、ゲーム、プログラミングである。
読書に没入することは比較的悪影響がないとは思う一方で、ゲームとプログラミングはやりすぎに注意していて、通さけるようにしてきた。
でも、この年齢になり、仕事もしてきたし、金ももう増えないし、時間もないことに気づいた。
もう、好きなことにのめり込んでもいい、と思えるようになった。

これからはプログラミングに専念する。
その決意を示すべく、思い切ってデスクトップPCを買い、ノートPCに入れたLinuxでプログラミングをすることにした。

「Windowsって、必要?」という疑問への解決策も得た。
普段の作業はデスクトップPCで行うが、Linuxが入ったノートPCでもほとんどの作業が可能だ。
Linuxが入ったノートPCで、作業やプログラミングがどこででもできる。

Linux機の名前は、Original Loveの作品名から取ることにした。
「The Best Day of My Life」という名前にした。

ノートPCには、Ubuntuを入れた。
1999年に買ったPCにWindowsとデュアルブートさせようとLinuxを入れて以来、一時期古くなったPCにLinuxを入れたり、USBメモリからLive版を起動したりしてきた。
でも、本格的にLinuxを使うところまではいかなかった。
今回の目論見がうまく行けば、Linuxを多く使っていくことになるだろう。
早速、Visual Code Studioを入れ、中途半端に書いてきたコードをノートPCに移した。

この文章もLinux機から書いているが、特に問題はない。
今後も続けていければと思う。

Link
2025-12-20 Sat.

容積

2025-12-20

8月に受験した税理士試験の結果が送られてきた。
受けた科目は、簿記論のみ。
採点結果は、5点。

点数を目の当たりにして、記憶が信じられくなり、改めて確認したが、やはり満点は100点だった。
回答したのは問1だけであり、配点が25点であることを考えても、5点はひどい。
逆にどこが合っていたのだろうか。
見直す気力もない。

記録によると、昨年の結果は、15点だった。
この時も問1のみの回答であり、昨年は半分以上の点数を取れていたようだ。

もがいてもがいて、でも全然前に進んでおらず、むしろ後退している。
もがかないよりマシ、という慰めをあてがうこともできるが、どうも自己憐憫のように感じる。
むしろ、もがくことで沈殿物が浮遊し、水を濁らせ、周囲に迷惑を振りまいているのかもしれない。
みっともない。

何事もなければ、来年も受験しよう。
また簿記2級のテキストから読み返す。

さて、金曜に休暇を取った。

起床し、軽く食べて、自宅の近所を散歩する。
帰ってきて、新聞を読み、英語ニュースを読む。
最近は、NHKのニュースサイトが性に合っていることに気付いた。
他には、計算機科学にかかわる英語の文章も読む。

そのあとは、缶を開け、借りてきたDVDを見る。
僕はいまだに、DVDを借りる、という行為をしている。
今回借りたDVDは、たぶんVシネマ。
21世紀も4分の1を消化した今、この作品が配信されている気がせず、ネットDVDレンタルのありがたみをかみしめる。
タイトルはここには書かないけれど、なんでこんなもの作ったのだろうか、という内容。
そのあとは、地上波の録画を消化する。

缶のドリンクを飲みすぎたのか、目を覚ますと14時。
予定どおりにいかない。

家を出て、電車に乗り、横浜に到着。
本来はもう少し早く着く予定で、やることも決めていたのだが、時間がないので、ふらふらと散歩。
横浜にはこれまで全然行っていないので、まだまだ新鮮味がある。
1時間ほど滞在する。

第一京浜をしばらく進む。
駅から10分歩くと、もう歩く人もいない。
しばらく歩くと、東神奈川駅。
店に入って、餃子を食べる。

1号線の途中で線路を越え、第一京浜に出る。
このあたりでも、保育園から帰る子供連れの大人を見かける。
新子安駅まで歩き、電車に乗る。
これで、東海道本線の東京駅から横浜駅まで、各駅に何らかの形で乗車もしくは降車をしたことになる。

比較的理想的な休日だった。
わかってもらえないだろうが、本当に、こんなことだけで充たされてしまう。

Link
2025-11-22 Sat.

空回

2025-11-22

行政書士試験を受けてきた。

8月に税理士試験を終えてから、行政書士試験の学習を開始。
試験までは14週。

まずは、前回の振り返り。
結果は、当然不合格だった。
これまで3回受けた中では点数が最も高く、初めて、記述式の採点までいった。
だが、記述式の解答を書ききれず、点数はほとんどなかった。
総得点では、択一の正答数をあと数問、というところまで来た。
準備の際、民法をさらう時間の確保が足りなかった。

学習のペースを作るべく、まずは、基礎法学、一般常識、憲法から。
そのあとは、行政法、民法へと移った。
商法は、さほどやっていない。

勉強法は、主にテキストを読む方法。
今回ようやく気付いたのだが、テキストは法令の文章をそのまままとめた、という感じで、中身まで踏み込んでいない。
それをやると法律の解釈となり、正確さが問われることになるのだろう。
こちらは初学者だから、解説までしてもらわないと理解がすすまない。

そこで役に立ったのは、「マスター」という名の書籍だった。
こちらは、法令の基本理念や、問題の解き方まで踏み込んだ内容となっていた。
行政法と民法については、これを読み込んだ。

後は、一問一答形式の問題集を解く。
前回も、過去問は解いていたが、選択肢から1つを選ぶため、僕が持っている受験テクニックが発動され、内容まで踏み込んで考えないことがあった。
一問一答であれば、答えと解説を1つ1つ読み込むことができ、理解が深まった。

ただ、この勉強法を確立できたのは、試験の2週間前の段階であった。
8月以降コンスタントに学習を続けていたのだが、途中で旅行に行ったり、ゲームにはまったり、咳が止まらず頭痛がしたり、ふがいない飲み会に参加したりなど、学習を継続できない期間が数回あった。
意志の力が足りないだけだ。

試験当日。
天気は、3年連続の雨である。
試験会場は、2024年と同じ。
主たる試験官も、昨年と同じだったように記憶する。
出席率は、60%を超えているくらいか。

マークシートに生年月日を記入するが、年は西暦ではなく元号で記入する。
年に1回、この時だけ手書きで「昭和」と書く機会である。
マークは「大正」「昭和」「平成」が用意されている。
「令和」が出できたときショックを受けるのだろうが、その時までには受けるのをやめていたい。
猶予は、あと数年である。

試験時間は3時間。
開始直後、まず記述式の問題を眺める。
行政訴訟の問題と、夫婦の代理の問題と、隣家が火事の問題。
もう記述式対策はあきらめていて、というより、択一で理解を深めたうえで記述式に臨むのが、正当な手順だと思う。
そして、冒頭に戻り順に解いていく。
見直しを含めて、マークは1時間、記述式を含めて1時間30分ほどかかった。
以前はそんなこともなかったが、最近では試験時間中に集中を持続させる体力も気にしなければならない。
「若さ」の重要性は、加齢を経なければわからない。
僕にとっての「運動」とは、結局は試験に挑み続けることなのだろう。

試験終了。
机に貼ってある受験番号のシールを問題用紙に貼る、という作業を、試験官の指示の前に済ませるのも、さみしい。
今回は、間違いなく手ごたえがあった。
合格は間違いない。
これでもう行政書士試験を受けずに済むし、新しいことにも挑戦できる。
次は、「1990年代半ばの出来事検定」だろうか。

翌日の夜、自己採点を行う。
思っていたよりも、間違いが多い。
実は、記述式の採点に至らずとも合格している、とすら思っていた。
だからこそ、昼間から浮かれて「ふかひれそば」などを食べてしまったのだ。

結局、択一式で前回より2問多く間違っていた。
多肢選択式は同じ点数、一般常識で1問多く正解。
つまり、前回より点数がよくない。

「手ごたえがあった」「前回を上回った」と思ったのは、前回の記憶をもとにした自分の感想である。
僕は結局、過去の記憶があいまいなまま現在を生き、都合良く書き換えた印象で自己満足に陥っているようだ。
実際のところ全然進歩していないし、結果を見れば、むしろ後退している。

試験は、結果が出るからまだよい。
普段からこんないい加減な自己評価をしているのなら、実に始末が悪い。
でも、年齢を重ねると、自己欺瞞を続けながら生きていかなければ、やっていけないものなのかもしれない。

憂鬱ながら、来年のことを考える。
次は、結果が出るのだろうか。
これ以上の進歩は望めず、自分と相性のいい問題が出るまで、いつまでも待ち続けることになるのだろうか。
そもそもこの試験を受ける意味すら見失いつつあり、率直に言ってつらい。

5年前に行政書士の受験を決意したころよりは、まあましにはなっているという自覚はある。
無礼な行為に対し、「それ、ちゃんと法令にのっとっているんでしょうね」と返す脅しも、より重く、そして面倒な印象を与えられていると思う。
もっとも、その「進歩している」という自覚すら疑ってかからなければならない。
ただ、そんなことを言っていたら、もう生きていけない。

Link
2025-10-31 Fri.

楼閣

2025-10-31

10月も、もう終わってしまう。

忙しい月であった。
用事が多く、外出が続いた。
買い物の必要がいくつも発生し、出費がかさんだ。
長野と新潟へ、旅行に出かけた。
季節の変わり目にしっかり風邪をひき、月の後半はずっと調子が悪い。
健康診断を受け、メガネのメンテナンスを受け、行政書士試験に向けた学習を続けた。

忙しかったのは確かだが、振り返ってみれば、残っているものはほとんどない。
仕事をした記憶があるが、進捗があった印象もない。
むしろ、自分の地位が脅かされることがあり、でもなんだかすっきりした気分にすらなった。

日誌を振り返ったが、特筆するべきものはない。
記録を見て思い出したのだが、そういえば「櫻の園」を読んだ。
当然、チェーホフではない。
吉田秋生の漫画は電子書籍で少し読み始めたところだ。
それとは別に、ノベライズがあることを新たに知った。
ただ、ネットストアを探しても、在庫がない。
あきらめていたのだが、ふと思いつき、近所の図書館で検索をかけたら、見つかった。

映画のノベライズであるため、本編の筋をたどっている。
そのうえで、ノベライズらしく、登場人物の信条や背景に踏み込んでいる。
僕には情緒が備わっていないので、そういうものに触れても「そうなんだ」くらいの感想しかない。

本の末尾に解説が付けられている。
ノベライズの解説ではなく、映画の解説である。
著者は、おすぎ。
映画評論にパーソナリティが乗るのは苦手ではあるが、今回ばかりは適任だ。
どちらの性から見ても気味の悪さがぬぐえないように思える内容を、フラットな立場で評してくれる。
永遠と一過性のファンタジーを、現実の生々しさでとらえてはならない。

何度も見て、結局好きなのは、たばこが元の場所に戻るところである。
「一周して、元に戻ったようだけど、みんな変化している」という話にひかれる。

Link
2025-09-20 Sat.

望撮

2025-09-20

体調を崩してしまった。

目覚めると体がだるくて、その日は外出したけれど、外出先でもどうも調子が悪い。
そのうち腹痛が始まり、30分間隔で腸がしぼられるような痛みが走る。
帰宅して熱を測ると、平熱。
その夜は腹痛で目覚め、それが朝まで続く。
次の日も用事があって、そのために出かける。
腹痛が続き、電車内の安寧を密やかに守る。
出先で依頼を受ける。
「担当者が不在なのだが、担当者がやった仕事を引き継いでやってほしい」とのこと。
「担当者が戻ってきてからでいいのでは」と促すが、うんうんとかわされる。
たまらず、「実は体調不良、いつも万全であるとは限らず、余命幾許もない」と打ち明ける。
残念なことだが、いつでも、そしていつまでも元気ではないのだ。
無理を聞いてきた過去を評価してもらったのか、多少締め切りを緩くしてもらうとともに、不在の担当者の足跡をもう少し追ってもらうことを引き受けてもらった。
その日はすぐに帰宅し、体調の回復を図り、横臥。

そんなことを続け、週末を迎えた。

振り返るに、先週末の過ごし方が悪かった。
気温が下がったというのに、エアコンをつけた部屋で過ごした。
僕には「1つのことにはまると、飽きるまでやり続ける」という悪癖がある。
この日はスマートフォンのゲームを、8時間ぶっ続けでやっていた。
飽きるのが早く、一過性の依存症に終わるのが、せめてもの救いである。
不健康な習癖にはまり時間を浪費することが怖くて、興味を持ったものにでも気軽に手を出すことができない。
それゆえ、道を外れないよう、無味乾燥なルーティンワークに徹しているのだ。
外から見て楽しくない人生のように見えるだろうが、実は自分も楽しくない。
リスク回避が、人生のすべてだ。

加えて、普段は食べないアイスクリームを口にしたのが、よくなかったのだと思う。
アイスクリームそのものが悪かったのではなく、怠惰な暮らし方をしていた僕と体を冷やす食べ物との取り合わせが悪かったのだ。
食についてすらルーティンを外れることを、僕には許されていない。

各方面に迷惑をかけ、申し訳ないことをした。
加えて今週は、行政書士の学習を全くしなかった。
勉強を始めて6週が経過、毎日何かしらの学習を継続してきたのだが、丸々1週間の空白ができてしまった。
復調し始めた今からまた再開すればいいものの、出先にテキストを置いてきてしまい、手元にない。
一問一答や項目まとめなどに目を通すことで、お茶を濁す。

ところで、「田中麗奈さんガチガチ主演の映画、今生でもう一度実現してほしい」と十五夜に願ったのだが、その願いとは全く関係なく、2026年4月に映画「黄金泥棒」の公開が決まった、との報が、黄金の茶碗をかかげる写真と共にもたらされた。
願いはかなったのだから、来春まではそれに似合う暮らしをしよう、と誓う。
リュックでも調達しようか。

「十五夜? 見ました。忙しくて、空をゆっくり見上げる暇がなかったんですけど、ちょっと拝見しました」

Link
2025-09-13 Sat.

負痛

2025-09-13

すべてのイヤフォンは、消耗品である。

またイヤフォンが壊れた。
自宅で使っている有線イヤフォンで、右耳部の接着が離れ、分離してしまった。
音は聞こえるし、再度接着すれば直るのだろうが、不器用な僕には治せない。
説明書を取り出すと、購入は1年6か月前。

同一メーカーの商品を購入する。
2.5K円ほどした。

次の日、今度は通勤時に使っているワイヤレスイヤフォンに異変が生じ、右から音がしなくなった。
イヤフォンの片方が壊れると、僕はいつも「ついに片耳がつぶれてしまったか」と不安に思い、イヤフォンを逆にして、聴力が保たれていることに安堵する。
聴こえなくなった原因はケーブルの損傷のようであり、首をひねったり、左を向いたりすると聞こえるようになることもあったのだが、やがて全く聞こえなくなった。
自宅に戻り、説明書を取り出すと、購入は1年5か月前。
このメーカーは、保証年数通りの製品を作ることに長けているようだ、すばらしい。

ワンランク安価なものでもよかったが、充電端子がMicro USB Type-Bである。
旅行の時Type-Cのケーブルしか持ち歩きたくないので面倒だな、と思いやめる。
コーデックが「SBC」しかないのも気になった、コーデックのことは聞かないでもらいたい。
フルワイヤレスの方がいいのだろうが、高いし、不器用な自分に扱えるかとても不安だ。
結局また4K円の、ただしこれまでのメーカーとは異なるものにした。

このワイヤレスイヤフォン、電源を入れると始動音がする。
文字にすると「ティクトゥーン、トゥイイ」みたいなやつで、何を狙いとしているのかわからない。
充電端子はType-Cだが、よく考えればType-CとMicro Bの短いケーブルを追加購入すれば、安価の製品でもよかった。
この製品は、挿入部分をつなぐケーブルが長めで、左右に充電池が配置されている。
耳に負担がなくて、外れにくい。
長いケーブルを持て余し気味だが、マグネットで左右がくっつくので、うまく使えば絡まないだろう。

使えなくなった製品は、リサイクルのために製造元に送付した。

今週はその他、靴、ジャケット、ベルト、チケット、栗おこわなどを買い、計100K円ほど支払った。

Link